社員は会社ではなく上司に見切りをつけて職場を離れる
最近、若者はなぜ会社に長く居つかないか、といったテーマの書籍をよく見かける。色々な意見があるだろうが、私はこれは単純にマネージャーのマネジメント意識、あるいは企業のマネージャー教育に根本的な問題があると考える。
私自身も上司に見切りをつけて退職をしたことがある。当時はさらなるキャリアアップのため、或いは自分のスキルがより活きる職場で活躍したい、などと前向きな理由説明をしていたが、その上司(社長)のもとでは自分は成長ができないし、会社にも十分な貢献をできないだろうと判断しての決断だったというのが本音である。
簡単に会社を辞めるべきではないが、仕事に対しても当事者意識を持ちにくかった不完全燃焼の職場から次の職場に移ったときの私は感情的に強く満たされ、前職と比べて2倍以上の責任感と意欲を持って仕事に取り組んだことを覚えている。
各人の転職には色々な理由があるだろうが、期待できない自分の成長・貢献、上司や同僚とのチーム感覚の不足といったものから導かれる感情的な不満足感こそ、年齢を問わず自ら退職を選ぶ主要因といえるだろう、
社員の感情をマネッジする
ダニエル・カーネマンがノーベル経済学賞を受賞したのは2002年。もともと心理学者であるカーネマン博士が経済学賞を取ったということで、このニュースは多くの人を驚かせた。
カーネマン博士が実証したのは人は「論理的な根拠」よりも「感情的な理由」によって経済的な意思決定をしている、という点である。購入額を大きく下回ってしまい、さっさと手放すべき株を、購入額への未練からいつまでも売れずにいるパターンなど、経済活動の背後にある心理的な非論理性を心理学者として明らかにしたのである。
顧客もやはり論理より感情に強く影響されて購買活動をする。つまり、企業は継続的に成長するために、より多くの顧客を感情的に満足させる、あるいは感情的に結びつけることが必要だということになる。
顧客と感情的に結びつくためには、社員の心のあり方が重要になってくるが、その社員もまた、論理よりも感情的な理由によって、当事者意識を持って一生懸命に仕事をしたり、あるいは会社を離れたりするのである。
業界では高いレベルの給与水準、福利厚生、比較的安定した雇用、こういった論理的には魅力的な条件だけで優秀な社員を引き留めるのには限界がある。社員の非論理的な感情をマネッジし、どのように仕事・職場に結び付けるかがこれからの企業経営には非常に重要になってくると思われる。
マズローの法則では、欲求の5段階を
生理的欲求⇒安全の欲求⇒集団帰属の欲求⇒自己認知の欲求⇒自己実現の欲求
としているのに対し、ギャラップ社では社員がエンゲージする(職場に対して感情的に結びつき、仕事に熱意を持っている状態)ための段階として、
期待の明示⇒貢献の実感⇒帰属の実感⇒成長の実感
というヒエラルキーを提唱している。その背景にあるのは、社員は皆、組織に貢献し、認められ、自分らしく成長したいと強く感じているということだ。
個人の才能を見きわめて教育をする
それでは、どのようにして社員の貢献実感、帰属実感、成長実感を高めるかというと、そのカギを握るのはマネージャーである。マネージャーが自分の、そしてチームメンバーそれぞれの独自の才能を理解し、尊重することによって、社員は仕事や職場に感情的に結びつくのである。
世界数カ国で学校の通知表に現れる子供の強みと弱みとどちらに親は注目するのかという調査がある。結果からは先進国のどの国においてもより多くの親が子供の弱みに注目しそれを矯正しようとするという傾向が見られた。
まず弱みを矯正するべきだ、という考えは世界的に見られる才能に対する誤解の一つである。
人は皆それぞれ違った才能を持っている。そして、その才強み、弱みは脳の神経細胞(シナプス)に関わるもので、簡単に矯正することはできないのである。言いかえれば弱みを矯正するよりも強みにレバレッジをかける方がずっと効率的なのである。マネージャーはこのことを十分に認識する必要がある。
旧来のマネージャー像は、自分の成功体験をもとに「私ならこうする」というスタンスで部下を指導してきた。しかし、これからのマネージャーは、自分の成功体験、スタイル、自分が辿ってきたプロセスが正しいという思い込みから抜け出なければならない。「私ならこうする」から「この人ならどうするべきか」という思考スタイルに変わらなければならないのだ。同様に、研修・トレーニングについても「この人の才能を活かすにはどんな教育が効果的か」と考えなければならない。
例えば、数字を分析することが得意なAさん、人前でものを説明したり話したりすることが得意なBさん、この2人に全く同じ研修・トレーニングに参加させることは効果的な方法とは言えない。それぞれの成長にもっとも効果的な教育は何かを見極める必要があるのだ。
60年代から続けているポジティブ心理学の研究によると、強いチームとは、オールマイティな人の集まりではなく、尖った才能が集まってジグソー・パズルようにうまくそれらが組み合わさっているチームである。そのジグソー・パズルを完成させ、10人集まれば10倍ではなく50倍の結果を出せるようにするのがマネージャーのマネージャーとしての仕事であろう。
必要なのは深い精神分析よりも単純に強みを活かすこと
心理学者であるフロイトやユングの理論をベースにしたものなど、性格判断のためのアセスメントの需要が増えているようだ。確かに本来の自分や見せかけの自分を発見し、自分を見つめなおすことは興味深いし、自己認識のツールとして多くの企業が何らかの形で性格判断アセスメントを採用しているということは正しい方向性であろう。
私自身これらのツールから多くの気づきを得たし、ちょっとした自己セラピーとして機能しているような気もする。しかし、企業としてこのような気づきを社員に与えることが目的なのかと考えると若干の疑問を感じる。
会社の視点からすれば、各社員に自分が何が得意なのかを理解し、その得意なことを十二分に活かして会社の目標達成に貢献できる職場を提供することが目的であり、自分の性格に関する深い洞察は興味のある人たちが個人的に進めればいいことだと思う。
人は自分の才能を活かしていれば幸福を感じ、しかも学習、仕事の効率が倍増するという事実を実証したポジティブ心理学をベースに開発されたストレングス・ファインダーは、色々な活動の中で各人がどのような才能を発揮しているのかを明らかにし、それぞれが自分ならではの才能を活かすことをサポートするアセスメント・ツールである。そのストレングス・ファインダーを紹介した書籍「さあ、才能に目覚めよう」(日経新聞出版社刊)は初版から年が経過しているにも関わらず、ロングセラーを続けている。これは今の日本人が自分の強みを見つけ、それを活かすことを渇望している現われだと思われる。
例えば、人と話し、説得することが得意で、その強みを活かして営業をしていると幸福を感じる人に対して、難しい精神分析は必要ない。会社は単にその強みを活かして本人も会社もよりハッピーになるウィン・ウィンの関係を築ければそれでいいのではないだろうか。
ダイバーシティを強みとするグローバル人材
近年、ダイバーシティ(多様性)におけるマネジメント能力の必要性がよく話題になる。ダイバーシティとは簡単に言うと外見的、内面的な違いを受け入れ、それぞれの才能を生かし、より高いパフォーマンスを達成しようというものである。
人種、性別、年齢、価値観、宗教、意見など、みんながそれぞれ独自なものを持っている環境の中で、最も必要なのは、自分の認識の仕方、自分のスタイル、自分の視点を絶対視しないで、個々人の独自な存在、独自の才能を認めることである。もちろん、語学力や異文化コミュニケーションのスキルなども大切だが、もっと本質的に必要なことは「違い」を認識し、自分と違った意見を受け入れる、という思考スタイルである。
社員は自分の独自性を認められ、独自な才能を活かす機会に恵まれると仕事、職場にエンゲージし高いパフォーマンスを発揮する。つまり、多様な人材が集まり、それぞれの才能が同じベクトルに向かって存分に発揮されている組織は間違いなく高いパフォーマンスを生むであろう。
ダイバーシティはなんとか管理しなければならない問題ではなく、今まで発揮できなかったようなパフォーマンスを残すチャンスなのである。
多様性を強みとして活かすという考え方は、現在その必要性が加速化しているグローバル人材の育成においても最も重要な点である。グローバル人材の必要条件の一つとして、外見上の違い、内面上の違いを肯定的に受け止め、それらの違いを強みとして結果を出せる、という点が挙げられる。
「アメリカ人はこれだからダメなんだ」とか「中国人だからしょうがないや」あるいは「あの子は女だから」とマネージャーがステレオ・タイプを言い訳にしているようでは、強みである筈のチームの多様性は弱みとなり、社員のエンゲージメントが高まることもないであろう。
個々の才能を伸ばし、ゴールに達成する
クライアントの方からこんな質問を受けることがある。
「才能マネジメントというのは、部下に好きなことをやらせることなのですか?だとしたらそんなものは必要ありませんよ。ただでさえパワハラにならないように優しく接しているのに、その上に好きなことをやらせろなんて言われたら、もう仕事になりませんよ。」
もっともな意見であるが、才能マネジメントとは、「好きなことをやらせる」ことを目的としたものではない。才能マネジメントとは、チームの目標を達成するために、メンバー各人の独自な才能をフルに活かすものである。つまり、チームの結果には強くコミットし、その結果を達成するために独自の才能を使う、言い換えれば結果には厳しくプロセスには柔軟に、という考え方なのである。
ここで、強み発見ツール「ストレングス・ファインダー」を使って才能マネジメントを行った例を紹介する。
ある販売会社の山田さんは自分の「分析思考」「コミュニケーション」「指令性」(いずれもストレングス・ファインダーのアセスメント結果で才能を示す用語)という才能を活かして、お客様によい提案をし、よい関係を作り、そしてクロージングをかけていた。
しかし、部下の鈴木さんはそれらのどの才能も高く持っていなかった。一度は「こいつは営業に向いていないのかな」とあきらめかけた山田店長だったが、鈴木さんの持っている才能「未来志向」「共感性」「信念」を使って、鈴木さん独自のセールス・スタイルを確立させることを提案してみた。
初めは鈴木さんの試行錯誤を見てじれったい、と感じた山田店長だったが、鈴木さんは次第に結果を出し始め、ついには目標達成に成功した。山田店長は正直、鈴木さんの急な変貌、成長に驚きを隠せなかった。
鈴木さんのスタイルは山田さんの強気なスタイルとは違って、ビジョン型とも言えるような独自のスタイルで、それを確立した後は自分らしい仕事の仕方を楽しみ、また十分な結果を収めることができるようになったのである。
このように、マネージャーは自分のスタイルが絶対のスタイルだと思いこまないで、結果を出すために部下の才能を最も効果的に活かせる方法を部下と共に柔軟に考えることができるべきなのである。
各人の才能にあった研修・トレーニングを考える
マネージャーのマネージャーとしての仕事とは、まさに才能マネジメントである。「ルールを破れ」(日経新聞出版刊)でも紹介されているが、8万人のマネージャーに対して行ったインタビュー結果を分析して分かった優れたマネージャーの4つの条件とは、以下の通りである。
1) 人を見るとき、選ぶ時にその才能に目をつける
2) 目標とする成果をはっきりと示す
3) 部下の才能を徹底的に活かす
4) 部下の才能を伸ばす機会、活きる場所を探る
繰り返しになるが、部下の外面ではなく本質的な才能を見極め、明確なゴール達成のために柔軟にその才能を活かし、その才能活かすための人材育成をするということである。
人は自分の才能をフルに活かしている時、自信にあふれ、高い集中力を示し、学習速度も速まる。一方自分の才能を活かせないときは、時間が遅く感じられ、学んだこともすぐに忘れてしまう。
つまり、右へならえ式の研修ではそこで成長する社員としない社員がいるということである。一斉に採用を行い、時期を合わせて一斉に研修を行うというやりかたは、企画こそ簡単だが決して効率的とは言えない。マネージャーは部員それぞれの才能に合った研修を選ぶべきなのである。マネージャーは部下をどの研修に送り込めばより本人の才能を活かせるかを考えるべきなのである。
自分の才能にさらに磨きをかけ、自分らしく成長することを後押ししてくれる研修であれば、「研修とは会社の費用で骨休みをさせてもらうもの」などと不謹慎なことを言う社員もいなくなるはずだ。
マネージャーが才能マネジメント学ぶためのトレーニング例
それでは、チームの中で才能マネジメントを機能させるために効果的な研修とは何かというと、それはマネージャーに対してどのように才能マネジメントを確立させるかを体感させる研修であろう。才能マネジメントとは理屈で分かるだけではなく、府に落とさなくてはならない。
OECDの小学生学力テストで例年トップクラスのスコアをキープしているフィンランドの教育メソッドの中では、小学生に対して相手の視点に立って議論をするという訓練をしているらしい。ある事例に対して自分の本来の意見とは違った意見の側に立って議論をするのである。
残念ながらそのような教育システムの中で育ったわけではない日本のマネージャーに対しては、自分のスタイルが正しいという思い込みから脱することが難しい。
そこで、マネージャーに対しては、まず自分と相手が具体的にどのような才能を持っているのかを理解し、マネージャー自身と各メンバーの違いをどのように理解し、活用するかを学ぶための研修が必要であろう。その研修の中では以下の点について学ばれるべきである。
1) 社員はどのように仕事や会社に感情的に結び付くのか?
2) どのようにしてその結びつきを高められるのか?
3) 才能ベースのマネッジメントとは何か?
4) 個々人の才能をどのように活かすのか?
研修において、マネージャーが才能マネジメントを実践できるようになれば、それは社内で才能ベースのマネジメントを広めることにつながり、自己満足ではない、本当に会社の業績向上を導く重要な一歩となるのではないだろうか。