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ネットとメディア

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スティーブ・ジョブズ氏にiBrainを設計してもらう

2010 年 6 月 29 日

未来学者アルビン・トフラーが、1970年に出版した本「未来への衝撃(Future Shock)」では、「情報オーバーロード(Information Overload)」という言葉が注目を集めました。膨大な情報が存在することによって、ものごとを理解して意思決定をすることがむつかしくなる・・・という意味合いで使われました。

 それから40年後の2010年、多くのビジネスマンやビジネスウーマンが、毎日、この「情報オーバーロード」と戦っています。彼らの多くにとっては、iPad、 iPhone 4、そして今秋発売予定のGoogleTVなどという新しいメディア端末は、頭痛の源。・・・「だって、メディア端末が増えるってことは、それだけチェックしなくてはいけない情報量が増えるってことじゃないか!」。

 厳密にいえば、iPadにしてもGoogle TVにしても、まったく新しい情報を発信しているというわけではない。すでに存在している情報が形を変えて発信されているだけの場合が多い。だが、紙媒体上では文章や写真だったものが動画に変形されて発信されれば、やっぱり、情報が増殖されたことになる。

 たとえば、雑誌「GQ」がiPadに配信され、表紙のレオナルド・ディカプリオが動いて喋れば、「まったく新しい情報だ。見てみなくちゃ!」ということになるでしょう。やっぱり・・・・。

 私たちは、1960年に比べて3倍の情報量を消費しているといわれる。そして、問題は数量だけではない。ケータイやeメール、ツイッター上でのツイート(つぶやき)・・・次から次へとたえまなく情報が(ゼロ価値のものから高価値のものまで玉石混交で)入ってくる。会議中や食事中なら無視すればよいのだが、私たちの脳は入ってくる情報を見ないことに苦痛を感じるようにできている(その理由は、また、後で・・・)。だから、ついチェックしてしまう。2010年6月6日のニューヨークタイムズは、こういった現象を「ノンストップ・インタラクティビティ」と呼び、人類が進化の歴史上、かつて経験したことがない環境の変化だと書いています。

 情報オーバーロードの環境のなかで、私たちは「自分が未だ知らない、だが、知っているべき情報がどこかに存在しているのではないか?」と常に不安を感じている。ですが、最近の神経科学(ニューロサイエンス)や進化心理学の研究によると、情報オーバーロードを作り出しているのは、iPadでもiPhoneでもなく、自分自身(自分の脳)かもしれないという疑問が出てきます。

 ・・・・ということで、脳と情報との関係についての「情報」です。

 まず、最初に知っておくべきことは、脳は、「新しい情報」が「チョコパフェ(ちなみに私の好物です)」と同じくらい大好きだということです。

 そもそも・・・脳には報酬系という神経回路があって、食べ物やセックスといった生存や繁殖に必要なごほうびを得ているとき、あるいは得ることができるかもしれないと考えるだけで、ドーパミンが放出され、ハイな興奮状態になります。報酬系に動機づけされることで、人間は食べ物や異性を熱心に探す行動を起こすのです。そして、食べ物や繁殖相手の異性を探すためには情報が役立ちます。森のどこにいけばバナナの木があるという情報を手に入れたら、おいしいバナナをゲットしたも同然です。その結果、脳の進化の歴史の途中で、情報自体が(認知的)報酬となり、こういった情報を手に入れたり、手に入れることができるかもしれないと期待するだけで、ドーパミンが放出されるようになったのです。

 脳が情報を報酬とみなすようになったのは、少なくとも4000万年以上前のことだと断言できます。なぜなら、そのころに、人間と進化的に枝別れたしたといわれるオマキザルを使った実験で、オマキザルも食べ物に関する情報を「報酬」と判断していることが明らかになったからです。サルに、飲み物がもらえる前にどのくらいの量の飲み物がもらえるか、コンピュータ・スクリーンに表示される色で判断できることを教えます。5日間くらいの訓練を受けているうちに、サルの脳は、飲み物がもらえるという期待でドーパミンを出すだけでなく、飲み物に関する情報を得る期待だけでもドーパミンを出すようになります。しかも、サルは、そういった情報をできるだけ早く見たいという欲求を示すようにさえなります。(早く見ようと見まいと、飲み物がもらえることに変わりはないし、もらえる飲み物の量にも変わりはないというのに・・)。

 こういった脳の進化の結果として、現代の私たちも、情報を知りたいという衝動(本能的欲求)を持っています。しかも、情報は誰よりも早く手に入れなくてはいけません(だって、バナナの位置情報を誰かに先に知られたら、そいつに全部食べられちゃうじゃん!)。だから、私たちは、なにをさしおいてもeメールをチェックする誘惑に抵抗できないのです。

 いま入ってきたメールや、ツイッターの刻々と展開するやりとりを常にチェックしていたいという衝動は、もうひとつ、他の理由で説明することもできます。

 いまあるチャンスや危機にすぐに対応することで生存率を高めてきた原始的衝動です。

 20万年前、私たちの祖先がアフリカの草原を、食べ物を求めて歩いているシーンを想像してみてください。いつ毒ヘビやサーベルタイガーが襲ってくるかわかりません。油断大敵、ヘビにトラ!! 目や耳に新しい刺激(視覚情報とか聴覚情報)が入ってきたら、その刺激に即反応して、すぐに逃げるとか戦うといった行動を起こさなくてはいけません。新しく入ってくる刺激には、いま何をしていようとも(会議中、食事中、企画書作成中)、すぐに対応しなくちゃ!と脳は反応してしまうのです。だから、「You got a mail」のチャイムが鳴ると条件反射的にクリックしてしまうのです。

 常に継続したクライシス状態です。

 いつ、新しい情報(ニュース)が入ってきても準備ができている警戒した状態において、脳内にはノルアドレナリンのようなストレス・ホルモンが放出されています。そのくせ、新しい情報(報酬)が入って来るかもしれないという期待でドーパミンも常時放出されたミニ興奮状態でもあります。こういった状態が習慣化すると、メールが来なかったりすると、つまらなさ、物足りなさを感じるようになってしまう。これが、ケータイやネット依存症の原因です。どちらにしても、ドーパミンとノルアドレナリンと両方の化学物質が放出された脳では、複雑な思考をすることがむつかしく、ひとつのものごとを熟考して意思決定することができなくなります。

 ロンドン大学が、ヒューレットパッカードの依頼によって調査研究したところ、仕事をしているときeメールやケータイ電話がかかってきて気が散ると、IQレベルが10ポイント落ちることがわかりました。大麻を吸ってハイな状態なときにはIQが4ポイント落ちます。eメールの悪影響は、ドラッグより2倍も高いのです!

 まさに、40年前に、アルビン・トフラーが予言したとおり。「余りに膨大な情報が存在することによって、ものごとを理解したり、意思決定をすることがむつかしく」なっているのです。

 ただし・・・・。どれだけ膨大な情報が存在しようとも、脳がそれを「いま、すぐ、手に入れたい!」と思わなければ、わたしたちはストレスを感じることもないし、理性的な意思決定をさまたげられることもないわけです。考えてみれば、Googleの情報選択基準というか重要度を判断する基準が「より多くのアクセス数やリンク数(ということはより多くのひとが関心を持っているということ)」であるとしたら、人間の脳のランキング基準は「より新しいかどうか」。こんな単純な選択基準では、古くても価値ある情報を探し出すためには、かなりの手間と時間が必要となります。だから、私たちは、常に、「情報におしつぶれそう!」といった不安感に襲われるのです。つまり、原始の環境で生存率を高めるために設計された脳の仕組みは、情報オーバーロードの環境ではストレスを高め、返って生存率を低くする結果をもたらしているのです。

 iBrain という言葉は、2008年に発売された本(注1)のタイトルとして使われました。この言葉を借りていえば、私の考えるiBrainは、情報社会において、本当に重要な情報を獲得するときにだけドーパミンを放出してくれるような脳で、かつマルチタスクを効率よく実行できる脳です。新しいメディア端末に適応する形で、脳がiBrainに進化していくことは可能なのでしょうか?

 ・・・この話はまだ続きます。でも、長くなるので次回に。

 最後に、 iPadの人気の理由を、脳の進化の観点から考えてみます。

 すでに書きましたが、脳は新しい物が好きです。とくに、目新しいものが・・・。

 そうです。「目」が入りましたね。まさに、その言葉どおり。目に新しく映るものが脳は好きなのです。文書情報を処理する歴史はわずか5000年足らず。話し言葉情報ですら数万年の歴史です。脳は、言葉を処理するよりも、視覚情報を処理するほうがずっと上手なのです。もう一度、20万年前のアフリカの草原を歩く遠いご先祖様を思い浮かべてください。かれらは、自分たちを獲物とする肉食動物が草原のはるか彼方にいるのを見つけて、その時点で逃げることで生きのびてきたのです。同様に、緑の森のなかで小さな赤い果実を発見するために、他の哺乳類よりも色覚を発達させることによって(ヒトやサルは赤、青以外にも緑を加えた三原色の世界で生きています)、生存率を高めてきたのです。こういった脳の仕組みを受け継いできた現代の私たちも、文書情報よりもビジュアル情報の刺激に敏感なのです。まさに「百聞は一見にしかず」なのです。ビジュアルを強調して、その鮮やかで美しい画像でユーザーの心を捉えたiPadが、他のメディア端末よりも競争優位に立つことは当然のなりゆきなのです。

 アップルは、2007年に、「本能的に使いやすい」タッチスクリーン方式のiPhoneを開発したときに、心理学者や人類学者のアドバイスを得て、人間の本能を考慮したうえで製品をつくりあげました。心理学者+人類学者=進化心理学者です。アップルは、人間の進化の過程を考えながら、触覚の次は視覚にアピールすることで、世界の消費者の心をつかみました。

 ところで、米オバマ大統領は、5月に某大学の卒業式に出席し、社会に巣立つ卒業生を前にしたスピーチで、iPadのようなメディアが1年中24時間情報を発信し続けることを批判しました。しかも、その情報の質は疑わしい内容であることも多く、「情報はもはや我々に力や自由を与えてくれるものではなくなっている・・・これは、国家や民主主義にとっての新しい悩みのタネとなっている・・・」と嘆き、テックの人々の間で話題になりました(アップルだけ槍玉に挙げるのは不公平だと思ってか、iPad以外にもソニーのXboxやニンテンドーのPlayStationの名前も、国家と民主主義の頭痛の原因として挙げられました)。

 しかし、質の悪い情報が普及するのは、私たちの脳の仕組みにも原因があるわけですから、メディア端末だけを責めても、「国家や民主主義」の健全さはたもてません。ここは、やはり、世界一のクリエイター(創造者)であるスティーブ・ジョブズさんにiBrainの設計を、お願いしてみるというのはどうでしょうか? (・・・ということで、この話は、次回に続きます)。

注: Gary Small and Gigi Vorgan, iBrain: Surviving the Technological Alteration of the Modern Mind, William Morro, 2008

参考文献: 1.Matt Richtel, Hooked on Gadgets, and Paying a Mental Price, The New York Times 6/6/10, 2.Michael Horsnell, Why Texting Harmas Your IQ, The Times, 4/22/05, 3. Chadrick Lane, The Chemistry of Information Addiction, Scientific American, 10/13/09, 4.Gary Small and Gigi Vorgan, Meet Your iBrain, Scientific American, Oct/Nov 2008

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