とっときな
中野ブロードウェイにある4坪の店舗。白い壁に白いカウンター。ここで健康診断が受けられる。
500円からチェックしてもらえる「ワンコイン健診」については、マスコミでも最近よく取り上げられている。医師はいない。でも、看護士はいる。でも、医師の指導なしに看護士が血液検査をすることは医師法に抵触してできない。だから、客がみずから自分の血を採取する(糖尿病患者が自己採血するように作られたキットがあるから、簡単にできる)。そして3分ほど待てば、「血糖値」、「総コレステロール」、「中性脂肪」などの数値がわかる。その他、「血圧、肥満度、骨密度」などもチェックしてもらえる。
1項目調べるのに500円。だから、ワンコイン健診。客の80%は4項目すべてを調べるという。合計2000円になる計算だが、セットで頼めば1500円。来店客(というか、受診者)は、フリーター、主婦、健康保険証を持たない外国人など。客層は最初の狙いどおりで、健康診断を受ける機会の少ない人たちが中心。2008年11月にサービスを始めて2009年8月までの受診者は述べ 5000人だという。
こういった簡易クリニックを始めた川添氏は元看護士で、研修のために訪問したアメリカでスーパーやドラッグストアのなかに診療所があったのを見て、アイデアを思いついたという。
アメリカで、リテール・クリニック(Retail Clinic)と呼ばれる簡易診療所は、大規模チェーン店や空港などにあり、週7日、つまり毎日開業しているし、夜も8時ごろまで開いている。基本的に、医師は常駐しないで、ナース・プラクティショナー(Nurse Practitioner)と呼ばれる上級実践看護婦がいて、一定レベルの診断、処方、投薬をする。風邪、気管支炎、中耳炎、尿道炎、膀胱炎、アレルギー、ワクチン注射・・・提供できる医療サービスには限度がある、だが、待ち時間はないし、あったとしても店内でショッピングをしていれば、順番が来ると呼び出してくれる。病院のように、書類に記入しなくては手続きそのものが始まらないという面倒くささもない。
最大手チェーンにワン・ミニット・クリニック(One minute clinic)という名前がついているように、1分は無理だが、10分単位で素早く終わる。非常に便利。しかも、安い。どの診療の場合はいくらという価格表も明示されている。1回の診察当たり(処方薬を除いて)$45~$75。保険も使える。
安くて便利。
2009年9月1日現在、アメリカには、1110件のリテールクリニックがある。そして、こういったクリニックで診察を受ける患者は、米人口の7%から(2007年)、2009年には14%に増大している。しかも、9月に発表された第三者機関による調査によると、消費者の満足度は90%を越えている。
ヘルスケアサービスのマクドナルドを目指している・・・ということで、こういった簡易クリニックを例にとって、サービスにおけるアート(Art)とサイエンス(Science)について考えてみたいと思うのです。
サービス・サイエンスの主要テーマというか目的は、サービスを提供するプロセスを標準化することにある。プロセスが標準化されれば、プロセスすべてを機械化する(つまり機械にやってもらう)ことができるかもしれない。ないしは、パートやアルバイトという経費の低い従業員によっても達成できるかもしれない。プロセスの標準化のために、現在、多くの企業で採用されているのは、工場の製造プロセスで使われたシックスシグマとか「ジャストインタイム」に代表されるトヨタの生産方式だ。たとえば、アマゾンのベソスCEOはシックスシグマを採用して、客が人間、つまり従業員とコンタクトする必要が(ほとんど)ないビジネスモデルを実現した。標準化かかつ機械化できたプロセスはサイエンスの部分だ。標準化かつ機械化できなかった部分が、FAQでは自分の問題は解決されていないと考える顧客と、eメールや電話でコミュニケーションする部分だ。そこには、どうしても、人間が登場しなくてはいけない。これが、アートの部分だ。
サービス・プロセス=アート + サイエンス
サイエンスは科学でよいとして、アートをどういった日本語にするか、ちょっと悩む。アートの部分においては、プロセスのインプット、アウトプット、ともに一定ではない。「サービスを科学するシリーズ(3)」でも書いたように、「ばらつき(Variability)」がある。そして、ばらつきがもたらされる原因は顧客あるいは従業員にある。よって、アートがアートであるゆえんは、そのプロセスに関わっているというか、そのプロセスを構成しているのが人間だからだ。・・・ということで、アートを人文系として、プロセス=文系(人文系) + 理系(理工系)というのはどうでしょうか? あるいは、アートを人間系としてもよいかもしれない。
多くのサービス企業が、人文系プロセスと理工系プロセスの境界の線引きをどこにするかを再評価することによって、より安い、より便利なサービスを実現しようとしている。たとえば、医療サービスでは、サービス提供者が圧倒的に人間である(しかも、提供する側の医者、看護士は高経費でかつ人数には限りがある)という制限があった。したがって、サービスを提供できる時間が限られ、待ち時間も長かった。
医療サービスの標準化をはかるためには、まず、提供するサービスの内容を分轄する。
そして、医者の半分の報酬で雇用できるナース・プラクティショナーが提供できるサービス内容に絞ることで、リテール・クリニックが実現した。一人のナース・プラクティショナーだけで機能できるようにするために、コンピュータの助けを借りる。IT機器を使うことで、ナース・プラクティショナーは、受診者の過去のカルテ・データをチェックし、処方箋や請求書を印刷するまで、一人でやる。最近では、患者が長期にわたり定期的に来訪してくれる可能性の高い生活習慣病、たとえば、糖尿病、喘息などの患者も診察できるように、つまり、より高度な診療がナース・プラクティショナーでもできるように、意思決定支援のソフトウェアを開発している。このソフトウェアは、看護士が、段階を追いながら、正確に診断を下し、治療をし、処方薬を出すことができるようにつくられている。
顧客を感動させるサービスを提供する模範とすべき企業として、リッツカールトンがよく紹介される。が、これは、明らかにナンセンスだ。
リッツカールトンはサービス・プロセスのなかで人間系(人文系)を強調することで他ホテルとの差別化をはかっている。そのために、リッツカールトンの現場の、つまりフロントラインの従業員は、顧客に満足してもらうために、どういった対応をしたらよいか、独自で判断できる裁量権がある程度のレベルまで与えられている。具体的にいえば、従業員は顧客の抱えている問題を解決し満足度を高めるために2000ドルまで使える権限が与えられているという。もちろん、その経費がそれなりの効果をもたらすように、企業の理念にそった行動がとれるよう、最初の一年のうちに4~5週間の訓練をする。
こんな経費がかけられるのは、リッツが、高い宿泊料金や高級レストランで食事をするのをいとわない客をターゲットとしているからだ。顧客一人当たりの粗利益率も利益金額も高いビジネスだからできる人間系サービスだ。つまり、リッツのような売上単価も利益金額も高い企業が素晴らしい人間系サービスを提供しているからといって、売上単価も利益率も低い企業がそれを理想モデルとして目指すのはバカげている。
そういった意味で、リッツカールトンをサービス業の模範とするのはナンセンスだと思う。リッツは、アートの部分を強調することで差別化をはかっているサービス企業なのだ。
重要なことは、アートのコストとアートがもたらす顧客への価値との比較をしながら、アートのなるべく多くの部分をサイエンスに転換できるかどうかを考えること。アートのプロセスのなかでも、テクノロジーを利用して、なるべく少ない人間、それも経費の低い人間を使う可能性を考えること。これが、サービスを科学することだと思う。
マクドナルドはアルバイトやパートを上手に使うことで有名だ。上手に使うためのノウハウとして、やる気を引き起こす人事制度とか訓練、それから、マニュアルなどが挙げられる。マニュアルは、サービスの標準化をもたらすために作成されているわけだが、その標準化を嫌う声もある。たとえば、「バーガーを買えば、フライはいかがですか?と誰もが同じ事を尋ねる」とか。「コーヒーを買うと、必ずデザートを勧められる」とか。何を勧めるかはあらかじめ決められている。それが標準化である。誰もが、同じことを繰り返すのは仕方がないことだ。
でも、そこであきらめない。ここでテクノロジーを利用してみる。
たとえば、アメリカのファストフードチェーンが実験的に使用しているレジ搭載のソフトウェアでは、顧客が注文した金額によって、店員が勧める商品が異なってくる。たとえば、日本円に直していえば、注文金額が830円だとして、 1000円札を出せばおつりは170円。そこで、すかさず、レジ画面に定員への指示が出る。「200円のコーヒーを170円にいたしますが・・(そうすれば合計1000円でおつりは出ません)」。注文金額が710円で1000円札を出せばおつりは290円。この場合は、レジ画面に「330円のパフェを 290円にしますが・・・」というセリフが出てくる。注文した商品とつり銭の金額をチェックしながら、どの金額のどの商品を勧めるのが最適かソフトウェアは分析して教えてくれる。
消費者は、お札の価値を同額のコインの価値より高くみる、そして、コインがポケットや財布にたまるのをいやがる。アメリカの大学での実験では、25セントコインが4個ある場合は71%の学生がそれでチョコレートを買うが、1ドル紙幣の場合は29%しか買わないという結果が出ている。
そういった消費者心理に基づいて開発された「つり銭無用」パッケージソフトだ。ファストフード店における使用実験では、35%の客がオファーを受け入れ、売上が3%から5%増大し、利益は30%増大したそうです。
各国のお札とコインの発行事情や、顧客別に価格を変えることへの規制とかいろいろあって、どの国でも実行可能なソフトウェア・プログラムではない。この例で強調したかったことは、サービスプロセスを標準化するといっても、テクノロジーの利用の仕方によって、そこにある程度のパーソナライゼーションも実現できるということ。「つり銭無用」プログラムを紹介したハーバードビジネスレビューの記事には、一番最初に、「レジで、顧客に衝動買いをさせるということは、サイエンスというよりはアートの問題だった」と書いてある。つまり、各店員のセールス能力の問題だったということだ。しかし、新しいテクノロジーのおかげで、多くの店員も衝動買いを促すことができるようになった。サイエンスとアートが結びついたということだ。
参考文献: 1.Terri C. Albert & Russell S. Winer, Capturing Customers’ Spare Change, Harvard Business Review 2005, 2. Jullies Schmit, Could Walk-in Retail Clinics Help Slow Rising Health Costs? USAToday 8/28/06, 3.Greg T. Spielberg, Wal-Mart Medical Clinics Stunble, Business Week 7/17/09 4. Katherine Harmon, Sore Throat on Aisle 4: Retail Clinics Match Quality of Doctor’s Office, Scientific American 9/1/09, 5. Joseph M. Hall and M. Eric Johnson, When Should a Process be Art, Harvard Business Review March 2009, 6. ケアプロの簡易検診サービス、日経消費ウォッチャー 9/10/09 7.ケアプロ株式会社、日本の健康診断費をワンコインにする男、週刊東洋経済 8/29/09
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