工場で製品を製造するときの品質管理は、サービスにおける品質管理より、ある意味、ずっと簡単だ。なぜなら、管理者である企業が目標を決め計画して実行努力すればよい。だが、サービスの場合は企業が勝手に管理できるものではない。サービスの製造(生産)過程には顧客がからんでくる。マクドナルドの店員がマニュアルに従って客に応対するとして、どの店でも同じような応対であることに安心感を覚える客もいれば、非人間的だと嫌悪を感じる客もいる。まったく同じサービス内容でも、そのサービスを受ける客によって、知覚される品質が変わる。良いサービスとなることも、まったくその反対の悪いサービスになることもあるのだ。
サービスは企業と顧客との協働作業で完成するわけで、そのぶん、品質管理がむずかしくなる。
工業製品の製造過程においては、「ばらつき(標準偏差)」をなくすことが品質管理につながる。つまり、2mmの厚さの鋼をつくることが目標だとして、0.1mm薄いものや厚いものができれば、厚さに「ばらつき」が出ているわけで、この出現率を一定以内に抑えることが品質管理の目標となる。だが、サービスにおいては、そのまったく反対で、この「ばらつき」を排除しないことが良いサービスだと知覚される要因となる。なぜなら、サービスの生産過程に「ばらつき」をもたらしているのは、顧客自身だからだ。
美容院の開店時間帯ひとつをとっても、出勤前にシャンプーセットをしてもらいたいので朝8時に開店してほしいという客もいれば、仕事が終わった8時過ぎにカットをして欲しいという客もいる。すべての客の要求を満足させようとすれば、7-11タイプの美容院になってしまい、人件費を含めた経費が増大して利益が出なくなる。あるいは、人気美容師が過労死することになる。
サービスの品質は、客がもたらす「ばらつき」にどれだけ応えるかによって決まる。そして、また、「どれだけ応えるか」によって、サービスを提供する企業の利益率や利益額も決まってくる。なのに、(サービスは企業と顧客との協働作業によって生産されるといいながらも)、顧客は企業の損益にはまったくもって無関心で無頓着なのだ。
このように、サービス業は、「出来うる限り『ばらつき』を排除しない、だが、利益は出さなくてはいけない」という製品製造業とは異なる大きな課題にチャレンジしていかなくてはいけない。
美容院の例は、「時間」に関するばらつきだ。店舗小売業というサービスでは、この時間のばらつきの管理は大きな問題となる。開店や閉店の時間を決めるために、なるべく多くの客の要望に応えなくてはいけない。また、各時間帯における店員の生産性の問題もある。午前中は客数が少なくて手持ち無沙汰の店員がいるかとおもえば、午後の6時ごろからは混雑して「質問しようとしても店員が見つからない」と客が苦情をいうようになる。
来店数の「ばらつき」を100%近く予測できればよいのだが、はずれることもある。コールセンターでも同じような問題は常に発生して、客の待ち時間が長くなると苦情が出る。
しかし、混雑したり行列が長くなって待ち時間が長くなることが悪いことかというと、そうでない場合もある。店が混雑したり行列をつくって待つからといって、それを苦に思わないどころか、一種の快感や興奮を感じる客もいる。H&Mのようなファストファッションの店舗では、こういったターゲット客の心理を利用して、行列ができるように、また店舗が混雑するように、わざと仕組む。それによって、客の消費意欲がわき、購買したことへの満足感がわくようになる。これは、「時間のばらつき」ではなく、「客の選好のばらつき」を考慮したマーケティングだ(ちなみに、マクドナルドは、アルバイトを雇って行列に並ばせるというやらせ行為をしてマスコミに批判された)。
ハーバード大学でサービス・マネジメントを教えるフランシス・フレイ教授は、客がもたらす「ばらつき」を5つに分類している。
1. 時間・・・・・顧客は自分が好きなときに来店したり電話をかけてきたりする。企業側としてはヒマなときも応対しきれないときも出てくる。業種によっては、予約制度を採用できる。美容院のなかには、予約どおりに来店した場合にはいくらか割引し、予約を変更した場合には割引なしという賞罰制度をとって、客が予約を守ることを促すところもある。コールセンターにおいて「時間のばらつき」は頭の痛い問題だ。アマゾンの場合は、客がサイト上で望む時間を(いますぐ、10分後、15分後・・・に電話して欲しいと)指示すれば、オペレータのほうから連絡してくる。こういったシステムを採用することで、「時間のばらつき」の管理調整権の一部を企業側が持てるようにする。
2. 要求内容・・・・・高級レストランでは、客の好みによって、使用材料や味付け、その他を変えてくれる。しかし、そういった要求に答えることはコスト高になるから、値段の低い飲食業は、要求内容の「ばらつき」には基本的には応えられない。ファストフード店舗では、客に一定レベルの選択肢を与えることによって、サービスレベルが高いと錯覚させる仕組みを採用しているところがある。たとえば、アイスクリームにナッツ、チョコレートシロップ、マシュマロ・・・など、8種類くらいのトッピングを用意し、そのなかから選べるようにする。実際には、選択肢の数は決まっているのだが、客は自分に選択権があるという事実だけで、自分の好みに答えてもらえる、楽しい良いサービスだと錯覚する。そのうえ、企業は、いくつかのトッピングには+50円として付加料金を課すことさえもできる。
3. 知識や能力のレベル・・・・・この「ばらつき」は、ITサポートのコールセンターに深く関係してくる。たとえば、PCの操作や不具合に関する質問を電話してくる客がいたとして、その客のコンピュータ・リテラシーの高低によっては、説明の仕方や時間がまったく違ってくる。高度な知識をもっている客には基本的項目を省いてすぐに本題に入ることもできるが、イロハから説明しなくてはいけない客には時間をかけないと、「説明が不親切だ。なんてサービスの悪い企業だろう」という苦情になる。知識や能力レベルで分けて、「初心者用」「上級者用」とかける電話番号を変える。そして、応対する担当者のレベルを変えることで、人件費の効率化をはかることができる。
4. 積極的に協力・参加してくれるレベル・・・・・サービスにかかるコストを削減するために、ITシステムを取り入れるにしても、そういった企業側の提案に客がどのくらい協力してくれるかによっては、大きな違いが出てくる。銀行がATMを導入して窓口取引を減らし、人件費を下げようとしたとき、客によっては積極的にATMを利用してくれるひともいれば、いつまでたっても使ってくれない客もいた。日本では、ATM機のそばに行員が立ち、客に呼びかけ、使い方を説明する方法をとっていた。アメリカでは、短期間に利用客が増えれば、それだけコスト削減が早く可能になるということで、ATMを利用してくれれば、記念の一ドルコインを進呈するというインセンティブを提供することにし、新規の行動を促すDMを出した銀行もあった。 (ATM利用に関しては皮肉な話もある。ヨーロッパの銀行では、あまりにATMが便利なので、窓口を利用しているときにくらべると、取引回数が増えてしまった。つまり、以前なら、開店時間内に店舗を訪問しなくてはいけないし、順番を待つ時間も長い。だから、入出金にしても、客のほうである程度まとめて来店頻度を少なくした。だが、いまでは、ATMを気軽に利用できるようになった結果、利用頻度が多くなり、全体としての取引コストが以前より高くなってしまった・・・という銀行側の最初のもくろみとは逆の結果も出ている)。
5. 顧客の選好・・・・・お金を払ってでも、細かいところまで気の利いたサービスをしてほしいと望む客もいれば、基本だけきちんとしてくれれば安いほうがよいという客もいる。たとえば、美容院でも、シャンプー後にマッサージをしてくれたり、途中でコーヒーを出してくれるのを喜ぶ客もいれば(もちろん、値段は高くなる)、反対に、余分なものはいらない、カットだけしてくれればいい・・と考える客もいる。こういったすべての顧客の選好に答えながら利益を出すことはむつかしい。だから、市場をセグメンテーションしてターゲット顧客の好みだけに答えることで安値を実現する企業もある。1000円カットの美容院や、エステ器機をセルフサービスで使えるようにするセルフエステが良い実例だ。
「客の好みの違いにおけるばらつき」では、ターゲットを絞って、ニッチ市場の好みに応えることで成功している企業がある。とくに航空業では、提供するサービスを単純化することで安値を実現して成長した会社が欧米にはいくつかある。そのなかでも有名なのは、アメリカのサウスウェストエアライン。 2007年度調べでは、年間の搭乗客数は世界一、2009年1月現在で過去36年間連続して利益を出し続けてきた利益性の最も高い航空会社のひとつとなっている。(ちなみに、日本でも90年代末に規制緩和で安値を売り物にした航空会社の新規参入が続いた。だが、そのうちいまでも残っているのは、スカイマークだけである)。
こういった格安航空会社は、食事や飲み物を出さないとか、乗務員がユニフォームを着ていないとか、全席自由席だとかいったようなことが象徴的に強調される。が、それだけで安値が実現できるわけではない。
サウスウェスト航空が安値を実現できるのには主に6つの理由がある。
1. ボーイング737という一種類の飛行機だけを使用することで、維持費を年間数百万ドル節約することができる
2. ノンストップの直行便だけで乗り換え便をなくす。それによって、混雑する大空港を避けることができる。結果、飛行機が地上に留まる無駄な時間を短縮することができる。そのうえ、出発時刻や到着時刻が遅れることなく、他のどの航空会社よりも高い割合で(2008年6月には定刻どおりだった割合は78%だった)守ることができる。
3. 座席のクラスもなく指定席もなく、スナックと飲み物だけのシンプルなサービス。それによって、荷物の搬出、掃除、荷物の搬入、客の搭乗に他の航空会社が90分かかるところを、20分ですませることができる。
4. 片道料金しかないし、その料金も基本的に同じ。他の航空会社のようにいくつかの条件によって割引率が異なる複雑な料金体制をとっていない。シンプルなぶん、管理費が節約できる。
5. 比較的ハッピーな従業員。業界で給料は最も高い。ストライキもしない。飛行機一機あたりの従業員数は他の競合相手よりも30%も低い。よって、一マイル当たり一席当たりの(燃料費以外の)コストは、他の大手航空会社のなかで最も低い額になっている。
6. 燃料をヘッジングすることで燃料費の削減をしてきた。もっとも、最近の石油価格の乱高下で、さすがのサウスウェストもヘッジングがうまくいかなくて損失を出すこともある。
このサウスウェストエアラインで興味深いのは、苦情がすべての航空会社のなかで最も少ないことだ。米航空業界全体では、客10万人当たりで0.88件の苦情。サウスウェストへの苦情は最も少なく、2006年には10万人当たりで 0.11件だった。理由のひとつは、サウスウェストが、「サービスをしないかわりに安い」ということを広告その他で強調してきており、そのイメージが定着しているからだろう。つまり、客は最初から期待をしていない。いないから、そのぶん、「思ったより良いサービスじゃないか」と考える。フルサービスを売り物にしている通常の航空会社の場合、客によっては期待するレベルも内容も違う。だから苦情が出やすくなる。
サウスウェストが値段が安いのは上記にあげたように6つの理由がある。しかし、新規参入したときにピーナッツしか出さないことを象徴的に強調することで、「サービスをしないかわりに安い」というイメージを消費者に植えつけるのに成功した。
サービスに関する金言をひとつ: 客の期待より良い、あるいは悪いかがサービスの品質のよしあしの判断となる。そして、客の期待の基準をつくるのは、企業側の広告、PR,そこから発生する世評である。
ばらつき問題とは違う話だが、サービスに対しての苦情を少なくするもうひとつの方法は、客に選択権を持たせる、あるいは自分が選択権を持っていると感じさせるようにすることだ。たとえば、レンタルビデオ。店舗を使っての通常のレンタルサービスの場合、延滞すれば料金をとる。それどころか、「早く返却してください」と催促の電話をしてくる店もある。客にしてみれば、「延滞料金をとるんだから、そっちは得するくらいじゃないか。返却の催促をするなんて失敬だ」ということになる。最近、TVでもさかんにコマーシャルを流しているツタヤオンラインのレンタルサービスの場合は、毎月一定料金を払えば、3日で返却するか、1ヵ月後かは、客が決める。損得を計算すれば、短期間で返却すれば、一ヶ月にまったく同じ料金で最大16本の映画が見られる。だが、見る時間がなかなかみつからなくて、1ヶ月に2本しか見られないこともある。自分にとって何が得なのか、決めるのは客だ。選択権が自分にあれば(たとえ、それが、錯覚だとしても)、苦情は少なくなる。
サービスに関する金言、その2・・・客に選択権を持たせる、ないしは、選択権を持っていると感じさせる(錯覚させる)。自分に選択権がある場合には、結果が悪いのは自分の責任ということで苦情が少なくなる。
参考文献: 1. Frances X. Frei, Breaking The Trade-Off Between Efficiency and Service, Harvard Business Review November 2006 , 2.Barry Meier, A No-Frills Airline Has Few Complaints, The New York Times, February 8, Complaints, The New York Times, February 8, 1992, 3. Joe Brancatelli, Southwest Airlines’s Seven Secrets for Success, Portfolio.com 7/8/08
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