謹賀新年
2013年がみなさまがたにとって幸多い年になることを、心よりお祈り申し上げます。
昨年12月にポーター賞の受賞式があり、2012年度の受賞企業と受賞理由が発表されました。
ポーター賞というのは、競争戦略で有名なハーバード大学のマイケル・ポーター教授の名前を冠にしていることからも明らかなように、日本企業の競争力を向上させることを目的に、一橋大学大学院国際企業戦略研究科が2001年に創設したものです。
日本企業は自動車産業や家電、エレクトロニクス産業に代表されるように、80年代から90年代にかけてTQC(全体的品質管理)や継続的カイゼン活動を進め、高品質製品を低コストで提供することで世界的にも競争優位を確立しました。しかし、この方法によって競争に勝つことができなくなったことは、こういった産業における大手日本企業が韓国や台湾、中国の企業との競争に四苦八苦していることからも明らかです。(高品質といっても、あくまで企業が考える高品質です。近年、ユーザーが選択する品質と企業が考える品質とのギャップが拡大し、それも、日本企業が競争力を急速に失った原因のひとつとなっています)。
「競争の本質は他者と違うことをすることにあり」というマイケル・ポーター教授の考えにもとづき、独自性ある戦略を実行し、その結果として、高い収益性を達成・維持している会社がポーター賞に選ばれます。
2012年度の受賞企業には、クレディセゾン、味の素ファインテクノ、リクルートライフスタイルなど4社(あるいはその特定事業部)が選ばれました。そのなかでも、注目を集めたのが東京糸井重里事務所で、12月24日の日経新聞の「経営の視点」でも取り上げられました。「経営の視点」が注視したのは、糸井重里氏を代表とする社員48名の企業が、世界的に脚光をあびている米ITベンチャーと同じように、1)ポスト大量生産、つまり脱大量生産、脱規格品の流れにそっていること、2)ネットとリアルの融合、そして、デフレに悩む日本市場において、3)価値ありと認識されれば高価格でも売れることを証明している・・という3つの点です。
東京糸井重里事務所がポーターが賞を受賞した理由を、「他者と違うことをする」という観点から3つにまとめてみました。
1.パブリッシャー(「ほぼ日刊イトイ新聞」を1998年よりオンライン発刊している出版社)であるとともにネット通販会社でもある・・・・ウェブマガジンを発刊する企業の主流の戦略は、利用者にはコンテンツを無料で提供し、広告を掲載することで収入を獲得すること。だが、この会社は広告掲載も購読料金をとることもしない。記事も商品もともにコンテンツであるという位置づけで、コンテンツから生まれたような、コンテンツがそのまま具現化されたような商品をつくりネットで販売(店舗販売している商品も有り)。2012年には年間売上28億円を達成している。(主力商品のほぼ日手帳は、2012年度版が46万部売れている)
2.高い利益性が継続維持されている・・・過去5年間の営業利益率は10~16%で、業界平均との差異は5年間平均で9.5%高。2011年度は12.5%高になっている。また、投下資本利益率(営業利益/平均投下資本)の業界平均との差は5年間平均で28.3%高。2011年度は33.1%高になっている。
3.経営思想に独自性がある
3番目のユニークな経営思想の例として、顧客を囲い込まない方針なので、広告はしないし販売促進を目的とするメールは極力出さないとか書けば、「有名人の糸井重里が代表で毎日の訪問者が16万人いて1日平均ベージビューが100万を越すサイトなんだからできることさ」と反論する人もいることでしょう。
しかし、客と対等な関係を築くことを目指し、自分たちが欲しいもの、自分たちが好きなものを客に「どう思う?」と提案し、商品開発理由や開発過程をすべて見せることによって、客に納得してもらったうえで(その商品にみあった適正利益を含んだ適正価格で)買ってもらう。こういったプロセスには手間も時間もかかる。が、そういった努力を惜しんだり省いたりなど一切していないことは、「ほぼ日」をときどき訪問してみれば理解できます。
経営思想の独自性には組織運営のやり方も含まれています。社員には部署も役職もなく、仕事は自分でつくりだすことが求められている。自分の考えに同僚が賛同してくれればプロジェクトチームができあがる。また、年3回くじ引きをして席替えをする。なぜなら、「仕事の環境に飽きてくるとネガティブな気持ちが生まれやすい。だから、新しい人をいれたり引っ越しをしたりして環境を変える。席替えも、それをすることによって、いろいろな人の仕事のやり方が見られて刺激になるから」だそうです。柔軟な勤務形態を進め、公私混同を進めている・・・といった話をきけば、社長が有名人かどうかに関係なく、この会社の経営思想をもっと聞いてみたい気持ちになるはずです。
受賞理由には入っていませんでしたが、この会社の東日本大震災の被災地への支援のやり方に、マイケル・ポーター教授はきっと興味をもったはずです。支援といっても、けっして施しをするものではなく、いっしょになって新規事業を立ち上げようとするものです。
ポーター教授は2011年初めに、「もはや、CSR(企業の社会的責任)の時代ではない。これからは、CSV(Creating Shared Value、つまり共有価値の創造)だ」と主張しました。CSRの観点では、企業は一定レベルの社会貢献をしないと評判やイメージが悪くなるので、ある意味しかたなく寄附したりボランティア活動をしたりする。社会からの強制で仕方なく・・・といった意識がないとしても、企業がコストを負担することで対象となる社会が利益を得るというプロセスにおいては、新しい価値は生まれません。CSVでは、企業は特定社会に施しをするという発想をやめ、長期的には互いになんらかの利益を得ることを考え、プロセス全体として新たな価値が創造されることを目指します。
東京糸井重里事務所は2011年11月に気仙沼に支店を開けました。そこで進められている新しい事業のひとつは、気仙沼発の世界ブランドとして手編みのセーターをつくることです。同じ港町であるアイルランドのアラン諸島でアランセーター(フィッシャーマンセーターともいわれます)が世界的に有名なブランドとなったように、手編みニットを気仙沼の地元産業として育てようと考えています。
セーターのデザインと編み方の指導をする編み物作家をみつけ、オリジナル性の高い毛糸をつくってくれる京都の毛糸屋さんをみつけ、気仙沼で編み手をみつけ、そして、アラン諸島にいってセーター産業の現状をチェックし・・・2012年末には、5着のセーターが予約抽選販売されました。一着約14万7000円。始まったばかりの事業で、まだ試験段階です。が、ある程度めどがついたら、この会社はそのまま気仙沼の関係者にわたし、ほぼ日は株主として残る・・・・というのが目標だそうです。
世界の経済危機が論じられるなか、ドイツ経済の強さが話題になります。そして、絶好調の経済を支える(ドイツの輸出産業を支える)「隠れたチャンピオン」と呼ばれる企業に注目があつまっています。特定のニッチ市場で世界のマーケットシェアの60~70%を占め営業利益率も高い中小規模の企業です(EUで中小企業という場合、従業員数は250人以下)。
ドイツでは、中小企業が数では企業全体の99.5%を占め、従業員全体の60%を抱えています。そのなかでも「隠れたチャンピオン」と呼ばれる企業は、個人経営がほとんど(よって強いリーダーシップを発揮できる)、価格競争にまきこまれない付加価値の高い製品をつくり、成長よりも持続性をめざし(次の世代に渡すため研究開発費用をおしまない)、忠誠心の高い有能な従業員をかかえ、借金を悪と考え(借金がないかあっても少ないので、経済危機にも耐えることができる)、慎重で思慮深い経営をするとされています。
大半が産業材を製造販売するB2B企業です。ドイツと同じく、中小企業の数が全企業の99.7%を占め、従業員の69%を占める日本においても、ドイツを参考にして、強い中小企業をつくることが日本経済の再興に必要だといわれます。こういった主張がされる場合も、B2B企業を念頭においているようです。が、脱大量生産、脱大量販売、脱規格品という流れのなかで、消費者を対象とするB2C企業でも、独自性をもった競争に強い中小規模の企業が力を発揮するようになることが、日本の経済だけでなく一般市民の人生の向上につながることになると思います。
なぜなら、そういった企業は、まず第一に、楽しく働ける環境を提供することができるはずです。
人類学者で進化生物学者でもあるロビン・ダンバーは、人間にとって適切なグループの規模は最大で150人くらいだといいます。中近東で発掘された最古の(紀元前8000年くらい前)村の規模はこのくらいだったとされます。150人というのは血縁関係を中心に数世代が集まったもので、互いに一人ひとりの顔や評判や性格、相手と自分とのつながりがわかっているくらいの規模で、グループ内のメンバーが程よく適当に接触できる最大規模だとされます。
糸井重里氏は、自分が経営する会社を、「頑張る村。地域共同体のイメージだ」と発言しています。「いろいろな人がいて軽口をたたきつつ認め合い、大衆的な倫理を守って暮らす江戸の長屋が理想です」とも語っています。
深層心理で有名なカール・ユングが、「幸福であるために必要な要因はなにか?」ときかれて、当然のことながら、健康とか家族や友人との良好な関係にくわえて、満足感を感じることができる仕事と答えています。日本人は、とくに、仕事を収入を得る手段とだけ考えるのではなくて、そこに人生の生きがいを見つけようとする傾向が強いといわれます。そうでなくても、一日の起きている時間の大半を職場で暮らすのです。自分がグループの一員であることを実感することができる組織規模で働くことは幸福感、満足感を頻度多く感じることにつながります。
経済が成長してほしいことはむろんですが、わたしたちの大半が、高度成長時代のような働き方が成果をもたらすことには疑問をもっているはずです。大量生産や大量販売といったいままでと同じやり方では、新興国に勝てる保証もありません。
大手家電メーカーがなぜ、ダイソンやルンバのような掃除機をつくることができなかったのか? 規模が邪魔をしているのです。どの企業も最初は、自分たち自身が好きで夢中になれる製品をつくったはずです。が、会社の規模がある程度になると、ターゲット顧客が好きになってくれるであろう商品をつくらなくてはいけないようになります。そして、好きな商品をつくっていたときには読む必要などなかった「ブランド戦略」の本などを読み始めます。付加売上をあげるため、余剰人員や余剰施設を利用するため、固定費をカバーするため、売上を前年対比で上げ株価が下がらないようにするために新商品を開発するようになるのです。
競争の本質は他者とは違うことをするかもしれませんが、競争をしなくてもすむほど他者とは違っているモノをつくることは、大量生産を前提とした現在の大規模企業には無理なことかもしれません。
不安定で不確実な世の中だからこそ、融通性があるけれども方針がぶれない規模の企業、社員が幸せ感を感じながら働ける環境を提供することができる規模の企業・・・・こういった企業がふえることが、市民の幸福感を犠牲にすることなく日本経済が持続性ある成長を達成するために大切なことではないでしょうか・・・?
そして、NHKが毎年恒例の経済人の新年の集まりをニュースで流すときに、経団連の会長なんかじゃなくて(まことに申し訳ないですが、経団連の会長がしゃべっているのを見ると、日本には「変化」とか「革新」は望めないような気がしてきます)、日本版「隠れたチャンピオン」企業の代表者に今年の日本の展望について語ってほしいと思います。
新年早々、のびたお雑煮のおモチよりも長い長~い文章で申し訳ございません^^;
参考文献: 1.「言葉、この危険なるもの ①~⑤」日経新聞2011年10月、2.「商品、改善より創造を」日経MJ 4/20/11、3.「ITの先端走る「ほぼ日」」日経新聞12/24/12、4.「理想はブータンのような会社」日経ビジネスアソシエ 7/19/11、5.「気仙沼のほぼ日①~⑫」日経ビジネスアソシエ2012年2月から2013年1月、6.Jack Ewing, German Small Businesses Reflect country’s Strength, The New York Times, 8/13/12, 7.Sarah, March, Insight: The Mittelstand-One German Product that may not be exportable, The Economist, 11/14/12
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