ソーシャルメディアのROI。ファン数とかエンゲージメント率なんて指標でごまかすのは、もう終わり?
アメリカでは、2010年の1年間に、ソーシャルメディア・マーケティング(ソーシャルマーケティング)のROI(投資利益率)を明確にしようという考え方が一気に進んだようです。
MarketingSherpaという調査会社が毎年「ソーシャルマーケティングベンチマーク調査」を発表しています。最近発表された2011年度版では、B2C&B2Bの幅広い産業における3342人のCMO(チーフマーケティングオフィサー)に調査していますが、大半のCMOが、「ファンの数とか『いいね!』ボタンのクリック数やリツイート数が増えた減ったの話は、もう聞きあきた。投資した見返りがどれだけあったか数字でみせてくれ」と考えていることが明らかになりました。
似たような結果は、他の調査でも発表されています。
前述したベンチマーク調査2011年では、「ソーシャルマーケティングにおいて最も重要視していることは?」という質問をしています。答を多い順に並べると・・・
1位 ファンやフォロワーを購買客に転換
2位 ソーシャルマーケティングのROIを測定可能にし、かつ、ROI数値の向上
3位 ソーシャルメディアからのリード獲得プログラムのROIを測定可能にし、かつ数値の向上
4位 顧客サポート・プログラムのコスト効率を向上
そして、 20%のCMOがソーシャルメディアはすでに測定可能なROIをもたらしていると返答。2010年の報告書では、この数字はわずか7%。そして、2年前の 2009年の報告書では、ソーシャルメディアの価値は認知度とかエンゲージメントで質的に測定するしかなく、ROIを明らかにすることは困難であると大半のCMOが答えていたことを考えると、大きな変化です。
投資への見返りを数値化する機運が高まった理由は4つくらいあげることができます。順をおって考えてみます。
1番目の理由は、景気のさらなる悪化---2001年にバブルがはじけたときにも、ディスプレイ広告から、効率よくターゲティングができる検索エンジン広告へとマーケティング投資が移りました。景気が悪化するなか、「ソーシャルメディアはTVの黄金時代を思い出させる。つかったマーケティング費用がどれだけの効果を売上にもたらしたのかはっきりしない。提案されている KPI(Key Performance Indicator 重要業績指標)だって、TV広告でつかっていた延べ視聴率(リーチ X フリークエンシー)や認知度と、どこが違うのだ? かゆいところに手がとどかないじれったさは同じじゃないか」という声が多くなった。
2番目の理由は、思った以上に経費がかかる。ソーシャルメディアの「メディア」は無料かもしれないけれど、「ソーシャル」にはお金がかかる―――誰が言ったか知りませんが、まさに明言です。日本企業では、ソーシャルメディア担当者は最大でも10名くらい。5名以内が圧倒的に多い。当然のことながら、ツイッターを例にとれば、米ベストバイや日本のマイクロソフトがやっているように、ツイート上をリアルタイムにキーワード検索して、ツイートした本人が期待していなくても積極的に企業のほうからコミュニケーションしていく「アクティブサポート」を実行しているところはまれ。それどころか、フォロワーのリツイートやダイレクトメッセージに対応している企業すら非常に少ないのが現実です。
それに比べて、アメリカのソーシャルメディア担当者の数は圧倒的に多い。2011年前半の調査によると、社員1000名以上の企業で、公式ソーシャルメディア・アカウントにコンテンツを掲載したり、コメント、その他を投稿する社員数は平均331名となっています(Altimeter Group調査)。
たとえが悪いかもしれませんが、マーケティングを「売り手」と「買い手」の戦いと考えると、ソーシャルメディア・マーケティングは、IT機器で(流行りの言葉をつかえば)エンパワーされた消費者一人ひとりと戦うために、社員一人ひとりをエンパワーして歩兵として戦場に送りだすようなものです。昔のように、天地にとどろきわたる大砲一発(TVのようなマス広告)で一時に数百万人に対処するわけにはいかないのです。そして、歩兵である多くの社員の人件費にはお金がかかるし、一人ひとりをエンパワーするためには、ITインフラの整備や武器としてもたせるツールの高度化、そして訓練にお金がかかるのです。
ROI化が進んだ3番目の理由は、「経験を積んだ」ことです。そして、これは、4番目の理由である「無料あるいは安価で簡単につかえるアナりティクス、そしてモニタリングやトラッキング・ツールが続々と登場した」ことと関係しています。
GoogleやFacebook提供のアナりティクスやその他のツールのおかげで、ファンとかフォロワーといっても、本当のファンもいれば、割引クーポンをもらうためだけにファンになっている人もいる。積極的にコメントしたり「いいね!」ボタンをクリックしたりというインタラクティブな活動をする人は一部の人に限られている傾向が高い。そういった行動がエンゲージメント率を高くするが、その行動の何%が最終的購買につながるのか、そのプロセスもトラッキングできるようになってきたのです。こういった経験を積むことで、無駄なところに経費をつかっていたこともわかってきたのです。
ファンやフォロワーを購買に転換するために割引クーポンをふくめた特典を提供することが多い。だが、割引のときだけ購買する人の割合が多ければ、バーゲンハンターを維持育成しているだけのことになる。あるいは、ファンの多くが既存客である傾向が高いわけですが、その場合、本来なら割引がなくても購買してくれる客にクーポンを提供したこととなり、売上減を招いてしまう。
そして、日本でもアメリカでもファンやフォロワーになった理由の上位は、クーポンや割引オファーを得るためだという調査結果が出ています。
米国の消費者がソーシャルメディアで企業とインタラクティブなやりとりをする理由:
1位 割引き
2位 ネット購買
3位 レビューと商品ランキングをチェックする
4位 ファンだけに向けた情報を得る
6位 新商品について知る。
コミュニティの一員になるためという理由は12位
(Neolane調査)
日本で企業(ブランド)のツイッターをフォローした理由:
1位 割引やセール情報
2位 新商品についての情報
3位 ゲームなどのエンターテイメントを楽しむため。
日本で企業(ブランド)ページのファンになった理由:
1位 無料を含むプロモーション情報を得るため
2位 エンターテイメントを楽しむため
3位 新商品についての情報を得るため。
(PR Times 提供)
割引などのお得情報を獲得するためにファンやフォロワーになった客は、売上にどれだけ貢献しているのか? こういった客とのインタラクティブな活動にお金をついやして、ファン数とかエンゲージメント率が上がった。だから、満足度とかロイヤルティが向上したといえるのか? また、満足度やロイヤルティが向上したとして、それが、売上に貢献しているのか?
うん? これって、一昔前に、議論されたことですよね? オフラインの世界でCRMの効用がうんぬんされ、満足度やロイヤルティという指標が必ずしも売上に結びつかないという話は、90年代末から2000年代初めにさんざん議論されたことです。
ということで、たとえソーシャルメディアでもROIを明確にしようと考えるようになったわけです。オフラインと違って、オンライン上の動きは何でもデータ化できるはず。たとえ、口コミであろうと、その効果をモニターしトラッキングできるはず。努力しなくちゃと思い直したわけです。
ソーシャルメディアのROIは、ランディングページとeメールとを組み合わせることで数値化しています。PURL(パーソナライズド・ランディングページ)を2段階でつかったりと、少し複雑ですが、でも、口コミの売上への効果も数値化できます。
そういった話はまた次のブログに書くことにします。
ここでは、割引クーポンの話に戻ります。
割引クーポンを含めた特典提供は、ファンやフォロワーを購買客に転換するのに最も効果的な手法です。そして、バーゲンハンターを育成しないためには、ファンやフォロワーの行動をきちんと分析してセグメンテーションし、既存客には割引以外の特典を提供するとか、各セグメントごとに割引率や提供内容を変えるようにする必要があります。
もっとも、ネット販売以外に店舗販売も展開している企業なら、それほど細かい分析を必要としないかもしれません。なぜなら、店舗ではサイトと違って、「ついで買い」の傾向が高くなるからです。良品計画は2011年5月から、サイトで注文して店舗で商品を受け取れるサービスを始めました。米ウォルマートも2007年からこのサービスを始めていますが、60%の客が来店して商品を受け取るとともに平均$60の付加購買することが確認されています。
良品計画もソーシャルメディアのメンバー対象にクーポンを提供していますが、店舗でしか利用できないクーポンにすれば、利用者を店舗に誘導し、「ついで買い」を促すことができます。サイトで利用できるクーポンを提供したとしても、利用者の何割かは商品を店舗で受け取ることを選択し、ついで買いや衝動買いをしてくれるかもしれません。
いずれにしても、サイトと店舗のマルチチャネルを展開しているところは、ネット販売だけの企業に比べると競争優位に立てるチャンスが与えられています。
そして、店舗もネット販売もできないCPGメーカーはソーシャルメディアでの活動を売上に直結させることができません。
スーパーで販売している日用品や飲食料品を製造している CPG(Consumer Packaged Goods)メーカーは、店舗をもっていないし、販売チャネルとなる大規模小売店に遠慮して、本格的にネットで販売することもいまのところ実現できていません。ソーシャルメディアサイトで割引クーポンでも発行できればROIを明確にすることもできますが、小売店の協力なしにはむつかしい。
その点、アメリカのCPGメーカーは昔からクーポンを発行していて、それが小売店舗で使え、どのクーポンが使用されたかどうかのデータも残る仕組みができています。ソーシャルメディアサイトでクーポンを発行すれば、誰がいつ使ったかの情報も獲得できる。実際、オンラインクーポンの還付率は伝統的な新聞広告のクーポンの還付率よりも高く、とくにソーシャルメディアサイトを通じて発行されたクーポンは、それまでクーポンを使用したことのない新規客を獲得しているという調査結果も出ています。
つまり、ソーシャルメディアのROIを明確にする仕組みをもっていない日本の CPGメーカーは、ファンの数だとかリツイートの数とか「いいね」ボタンのクリック数といったKPIを、好むと好まざるにかかわらず、つかわざるをえないのです。そして、こういったCPGメーカーを大手クライエントとする広告代理店も、「共感」とか「エンゲージメント」といったあいまいな言葉を強調するしかないのです。
だからこそ、ネット販売や店舗販売をしているところは、そういったあいまいな指標にたよらず、投資への見返りを数値で表すべきでしょう。
・・・と断言しながらも、ここで、これまでの話の流れとは矛盾することを書きます。
ファン数とかエンゲージメント率といった指標が非常に重要な場合があります。 ソーシャルメディアのファンがたとえ購買してくれなくてもゲームが面白いと友人にシェアするだけでも、企業にとって利益をもたらす場合があります。
検索ランキングで上位にたつことができるようになるのです。
GoogleとかマイクロソフトのBingの検索エンジンでは、フェースブックとかツイッターのようなソーシャルメディアサイトで、シェアボタンを通じて他のサイトとつながっているリンク数が多ければ多いページほど、そのページは検索ランキングで上になる確率が高くなる。Bingの場合、ソーシャルメディアサイトの特定アカウントのフォロワーとか友人の数が多ければ多いほど、検索ランキングで上位になる確率が高くなる仕組みになっています。
もともと検索キーワードでサイトを訪問してくれる客は質の高い見込み客で、購買客に転換する率が高いことは実証されています。そういった意味で、たとえ割引クーポンを提供したときしか購買してくれないファンでも、その人がブログで書いてくれたり、友人の数が多い人であれば、その結果として、間接的に検索ランキングで上位にたち、良質な見込み客をサイトに呼び込むことができる。
一番最初に紹介したベンチマークレポート2011年でも、「ソーシャルメディアとSEOとを融合する戦術は非常に重要だ」と答えたCMOは平均77%にのぼっています。
大手CPGメーカーが検索ランキングで上位にたつことがそれほど重要だとは思えません。が、ネット販売やネット申込みを受けつけている中小企業、IT関連企業、金融サービスにとっては、SEOの売上への影響は大きいはずです。
結論は?
結論は・・・、ソーシャルメディア・マーケティングにおいては、データ分析すべきことをきちんと分析して最終目的である売上を向上するための戦術・戦略をたてる。そして、結果をきちんと分析して検証する。見込み客から購買客へのプロセスがデータ化しやすいオンライン上でマーケティングをしているのですから、オフラインでつかっていたあいまいなKPIだけに頼ることはやめにしましょう(KPIが示すメディア上でのインタラクティブな活動によって検索ランキングがどれだけ上位にあがるのか、そして、検索キーワードを通してサイトを訪問した人の何%が購買してくれたかまで分析できます。ですからSEOに関連してKPIの最適化を計算することもできます)。
そして、オンラインでもオフラインでも販売チャネルをもっていないCPGメーカーは、ソーシャルメディアを消費者とインタラクティブな関係がむすべる貴重な場所と考え、徹底的に会話をする。多くのエンパワーされた社員を戦場に送りだし「アクティブサポート」をする。炎上が怖くても、それは取らざるをえないリスク・・・ということだと思います。消費者と直接コンタクトできる優位な立場にある大規模小売店は東日本大震災時の活躍で消費者の信頼感を一気に勝ち取りました。その大規模小売店のPBに勝つためには、CPGメーカーは消費者との絆を築くしかないのですから。
参考文献: 1.「ソーシャルメディア・マーケティング成功事例集」、アイ・エム・プレス2011年8月、2. Social Marketing Benchmark Report 2011, Marketing Shrpa,
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