イクメン(子育てに積極的な男性。育メン)とネットスーパーの話が、CSR(Corporate Social Responsibility、企業の社会的責任)とかCSVなんて聞いたこともない頭文字語と、どういう関係があるのか?
もはや、CSR(企業の社会的責任)の時代ではない。これからは CSV(Creating Shared Value、つまり、共有価値の創造)が企業の目的だ・・・・と、「競争戦略論」で有名なマイケル・ポーターが、最新のハーバードビジネスレビュー(2011年2月号)に書いている。
CSR(企業の社会的責任)という言葉で、企業に、社会のためにあれしろこれしろと要求ばかりつきつける風潮は、私は基本的にきらいです。だいたい、企業の社会的役割・・・とかについて書いている記事は退屈なものが多い。まことに恐れおおいことではありますが、マイケル・ポーター教授の記事も最初の数ページで眠くなって途中で止めようかと思いました。
でも、ふと、思いだしたのです。セブンイレブンジャパンが高齢者に多い「買い物弱者」対策として、食品や日用品、あるいはまたクリーニングの宅配サービスを提供する実験を始めた・・・という新聞記事を思いだしたのです。
そして、マイケル・ポーター教授の提案するCSV(共有価値の創造)論で、日本の少子化とか高齢化の問題を考えるのもよいのではないか?・・・・と思ったのです。(マイケル・ポーター教授は、1月に開催されたダボス会議「世界経済フォーラム」では、環境や貧富の格差の問題に応える考え方としてCSVを提議しています)。
ということで、まず、最初に、ハーバードビジネスレビューの記事をごくごく簡単に紹介します。
といっても・・・・「従来の資本主義システムは機能不全におちいった。グローバルな経済成長を達成するためには、企業は、社会と経済の成長をつなぎあわせる「共有価値」を創造する観点から考えなくてはいけない。そうすれば、イノベーションや有機的成長を達成しながらも、社会にも利益を提供することができる(ね? こういったテーマっておさだまりで退屈ですよね)」・・・・という大きな話なので、あくまで、簡単に紹介します。
CSR(企業の社会責任)という観点だと、企業は「コストがかかるけれど、それをしないと社会的評判が落ち、悪くすると消費者やメディアから非難され、結果、ビジネスに悪影響をあたえる。だから、一定レベルの社会貢献をやらなくてはいけない」と考える傾向が高くなる。同じように、政府や行政機関は、「環境とか雇用の問題で、社会に不利益をあたえないように、企業をあるていど規制しなくてはいけない」と考える。 そして、企業は、つぎからつぎへと増えていく規制によって、成長がさまたげられる・・・と考える。
じっさい、日本でも、そういった規制がビジネスの成長をさまたげていることは多い。
CSRとCSVの違いを明確にするために、マイケル・ポーターは、フェアトレードを例にあげる。企業がフェアトレード生産物を購買するのはCSRです。たとえば、チョコレートの原料となるカカオ豆への代金として、(資本家に搾取された不当に安い価格ではなく)公正だと認定された価格を農家に支払うことで、アフリカの貧しい農家の収入をふやす。こういったフェアトレードのしくみは、企業にとっては、従来よりも仕入れ価格が上がるわけで、農家の収入がふえるぶんだけ、企業側のコストがふえる。よって、プロセス全体として生みだされる価値は変わらない。だが、CSVの考え方では、農家に新しい技術を教え機械を導入したりすることによって、生産量をふやし豆の品質をよくすることを目指す。よって、農家にとっても企業にとっても利益が増大する、つまり、全体として新しい価値が生みだされたことになる。シェアできる価値の創造・・・ Creating Shared Valueです。
アフリカのコートジボアールでの試みでは、フェアトレードのしくみで農家の収入は10~20%増加した。が、CSVの考え方で投資した結果では、農家の収入は300%も増加したという。
それで? コートジボアールで農家に投資した企業の利益は? と聞きたくなりますよね。投資ですからね。結果が出るには少し時間がかかります。
だから、結局、いままでのところ、CSVの成功例というと、1)ウォルマート・・・・トラックの配送ルートの効率化をはかることで走行距離数を1億マイル短縮。よって、2億ドルのコスト削減に成功。そのうえ、環境にも貢献した、 2)コカコーラ・・・世界的に水の消費量を、2004年に比べて9%減少。ダウケミカルは最大生産拠点において、10億ガロンへらすことで、400万ドルのコスト削減に成功。 3)ジョンソン&ジョンソン・・・従業員の禁煙を手助けするプログラムを提供することで、医療保険負担を2002年から2008 年にかけて2億5000万ドル削減。
こういった成功例をみると、企業が地域社会と協力し合うことで価値を創造する・・・という例はあまりみあたりません。やはり、協働作業はむずかしいということでしょう。自社の社内活動に投資して、コストをへらしながら、環境とか従業員の健康とかで価値を生みだすほうがてっとり早いようです。まあ、当たり前といえば当たり前ですが・・・。
自社以外の共同体に投資をして、協力しあいながら新しい価値を生みだすということはなかなかむずかしい。とはいえ、インドにおけるユニリーバのように、貧しい農村の女性たちに、ユニリーバ商品を訪問販売するという自活の手段を提供しながらも(投資は小口資金の融資と訓練)、インドの人口の70%が住むという地方の田舎市場に浸透し、売上をあげている例もあります。
ここで、やっと、ネットスーパーの話にうつります。
ネットスーパーというと、赤ちゃんのいる主婦や高齢者で買い物ができないひとたちが、重い物やかさばるものを注文できて便利だという。だが、ネットスーパーを運営しているイオンやイトーヨーカドーの実情からも明らかなように、トイレットペーパーとか紙おむつや洗剤を買ってもらっても、利益はでない。共稼ぎ夫婦で、ある程度の収入があるひとたちに、粗利益率の高いワインとか高級食材などを買ってもらうことによって、初めて利益が出る。つまり、いわゆる「買い物弱者」といわれるひとたちに宅配サービスをしていては、人件費がかかるばかりで、企業の利益につながらない。
イトーヨーカドーと同じセブン&アイ・グループに属すセブンイレブンが、東京都内の高齢化の進んでいる地域の集合住宅5000世帯を対象に、2月から半年間の実験を始めた。お年寄りでもつかいやすいタッチパネル式のタブレット型端末で(NTT東提供)、日用食料品を注文してもらい配達。また、家事代行の会社と組むことで、クリーニングや洗濯・清掃サービスなどもうけつける。「買い物弱者」を支援しながらも事業として成立するビジネスモデルの構築をめざす。
通販大手のニッセンも、東京都の離島などでカタログを集中的に配布し事業化のテストをしているそうだ。総務省によると、日本の過疎市町村の人口は約1100万人。ニッセンのこれまでの経験によると、こういった地域の利用客の年間購入金額は顧客全体の平均金額2万4000円を上まわる。だから、過疎地域で通販ビジネスを成功させれば、地域社会に貢献するだけでなく、うまくいけば、10 億円単位の増収効果が期待できると考えている。
セブンイレブンやニッセンは、利益をだしながら社会的価値を生みだす方法を考えているようだ。つまり、すでにCSVを実践しているわけだ。だが、総務省の統計によると、過疎市町村に住むひとたちは約1100万人。経済産業省の推計によると、国全体で、年齢、その他の理由で日常の買い物に困っている「買い物弱者」の数は約600万人。
日本の人口の10%に近いグループが困っているのだ。「買い物難民」とか「買い物弱者」の問題を解決するのは、やっぱり国や地方の行政機関の仕事でしょう。
セブンイレブンはコンビニの未来像として、行政窓口や交番のような役割をもつ拠点となることを考えているそうだ。たしかに、サービス業者としての経験をつんだ民間企業がこういったサービスを提供するほうが、行政機関の訓練の行き届いていない公務員がするよりもよい。効率もよいだろうし、サービスを受ける市民にとっても気持ちのよいサービスを受けることができる。
行政機関はこういったサービスを民間企業に委託すればいい。そして、助成金とか交付金ではなくて、食品や日用品品配送1件ごとにいくらという形で委託金を払う。それなら、お金の使途明細もはっきりする。こういった委託金を払うことで、地方の中小企業を含め、より多くの企業に、セブンイレブンやニッセンのようなCSV活動に参加してもらうことができる。
イクメンの話もおなじように考えてみます.
厚生労働省が少子化対策の一環として、2009年6月に改正育児・介護休業法を施行しました。厚労省の調査によると、夫の育児時間が長い家庭ほど、第2子出産割合が高いそうです(まあ、当然のことですが・・・)。この法律ができたことによって、2009年には1.72%だった男性の育児休業取得率を、20年度には13%までひきあげることを目指しています。
日経新聞の調査によれば(20~60歳代の男女会社員1000人調査)、男性が育児休暇をとることへの賛成は84%もある。だが、実際にとるつもりだと答えたのは、20代から40代は3割弱。しかも、期間は2週間から1ヶ月未満が4 割と圧倒的に多い。取らない理由としては、「収入の減少」と「同僚に迷惑がかかる」がどちらも40%弱。「出世にひびく」というのもあるし、「他のひとたちが取らないのに自分だけは取りにくい」というのもあります。
そりゃ、そうだよね。会社の上司だっていやな顔をするひとも多いだろうし。法律的には問題なくても、人事考査上では「要注意」あつかいされるかもしれない・・。
企業だって、男性が育児をすることが出生率改善によい影響をあたえ、ひいては内需拡大に貢献する。日本社会にとってすごく良いことだ・・・とわかっている。だが、長期的かつ間接的好影響よりも、いま、ここにある直接的悪影響のほうを重要視してしまう。だが、イクメンがもたらす、短期的かつ中期的な良い効果もあります。
1. 男性従業員の思考の多様化や想像力や創造力の向上です。男性は、高校や大学卒業後は、会社という組織内だけに人生経験が限られることが多い。企業人としての狭い観点だけでは、ビジネスへの貢献度も限られてくる。私自身の経験からいっても、男性従業員は、消費者としての観点から考えられない人が多い。つねに、メーカーである作り手とかサービス業なら売り手の立場でしか考えられない。買い手としての視点を欠いている人が、女性より多いような気がします。
2. 女性従業員が出産を機に退職してしまう比率を下げる。内閣府の調査によると、日本企業では、第1子出産を経ても仕事を続ける女性の比率は25%。約40%が会社を辞める。女性の割合が多いサービス産業においては、とくに、経験をつんだ女性従業員が辞めることは、企業にとって、人材育成コストの多大な損失となる。
育児と仕事を両立させやすい環境をととのえることが、社会的価値をうみだすことに反論するひとは余りいないだろう。そして、それは、企業に、内需拡大から女子従業員の退職率の減少まで、上記3つの利益をもたらす。が、このうち、数字で結果が短期的に出てくるのは、女子の出産後の退職率くらいだ。X%のコストが削減されたとか、退職率がX%減少したとか、そういった数字がでないプロジェクトに、企業が投資することは、むずかしい。
CSVの考え方でいけば、企業も価値を感じられるプロジェクトでなければいけない。だから、政府も、プロジェクト推進に協力してくれる企業に助成金とか給付金といわれるお金を与えるようにしている。社内託児所をもうけた場合とか、短時間勤務制度をつくった場合・・・とか、いろいろな事例によって助成金を提供している。こういった金額を思い切ってふやせばいい。助成金は税金からでる。だが、子供手当てとかいう使途が明確でなく費用対効果がはっきりしないものより、使途を限って与える助成金のほうがいい。企業は、出生率向上という国家的目標を達成することにおいて、厚労省の仕事を肩代わりしているようなものなのだから・・・。
そのうえで、名の知られた企業の中間管理職以上のひとたちのなかで、介護休業をとってもらい、(率先して育児休暇をとった広島県知事のように)大々的にメディアでとりあげてもらう(日本の著名企業の管理職の平均年齢から考えて、育児休業は、ちょっと・・・・ムリ?)
育児休業をとりたいと部下からいわれてしぶい顔をした中間管理職も、自分の親の介護で休業する必要がでてくることを想像すれば、「相互扶助、ひらたくいえば、あいみたがい」の精神が会社全体で受け入れられるようになるでしょう。
イクメンの件でも買い物弱者の件でも、関係者(この場合、育児中の夫婦とか高齢者)に一番近いところにある企業に、行政機関の任務やサービスを代行してもらうことで明確な結果を出す。これは、行政機関と企業とが直接契約する委託ビジネスのようなものだ。間接的でないぶん、委託金や助成金といった財政支出の額は、生みだされる共有価値のわりには大きくはならないはず。
CSV活動において、社会は創造された価値をすぐに受け取ることができても、企業は投資の見返りとなる価値をすぐには受け取れないことが多い。見返りが受け取れるようになるまで、企業を手助けするのが行政機関の役割だ。企業への規制を増やすことばかり考えないで、企業と社会がシェアできる価値を見つけ協働できるような環境をつくるのが政府の役割・・・・といえるのではないでしょうか?
- 読者A 「・・・って、やっと終わったか。おまえの記事のほうが、よっぽど、おさだまりで退屈だっ たぜ」
- 私 「あぁぁ~、どうもスミマセン。でも、私の記事はタダなんで許してやってください。マイケル・ポーター教授の記事だと、ネットでダウンロードしたら6.5ドルはします」
- 読者B 「退屈な記事を読んだ無駄な時間のコストは? 500円くらい返してくれる?」
- 私 「あぁぁ~」・・・と消え入る。
参考文献: 1.「ニッセン、過疎地向け新事業」、日経ビジネス2011年2月14日、2.セブンイレブン「買い物弱者」支援実験、日経MJ 2/4 /11、3.男性の育児休業取得に「賛成84%、日経新聞8/16/10、 4.「まずはイクメンを増やそう」、日経ビジネス2011年1月24日、5. Michael E. Porter and Mark R. Kramer, Creating Shared Value, Harvard Business Review Jan-Feb 2011
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