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マーケティング NOW 2011

マーケティング NOW 2011

NOW1 タイガーマスクと贈り物 (幸せを売るギフトビジネス)

2011 年 1 月 24 日

そろそろ下火になってきたようだが、昨年末から、「タイガーマスク現象」がマスコミをにぎわした。ランドセルや文具が届けられた児童擁護施設の数は、1月11日現在で90ヶ所以上にのぼるという。

 昨年12月25日に、群馬県の児童相談所にランドセル10個が届けられ、これが、TVニュースで放映されたことがきっかけとなった。

 素朴な疑問がある。

 現金だったら、ニュースでとりあげられただろうか?

 ランドセルの値段もピンキリだ。ニトリなら9900円から買える。TVでよく宣伝している「天使のはね」ブランドだと、下は20000円から上は60000円近いものまでいろいろある。伊達直人と名のるひとが、いくらのランドセルを贈ったかは知らない。が、1万から6万の真ん中をとって35000円だとして、35000円X10個=350000円。

 35万円の現金を伊達直人の名前でクリスマスに贈ったとしても、ニュースではとりあげなかっただろう。10個のランドセルは「絵になる(映像になる)」。TVニュース向きだから取り上げられたのだ。しかも、そこにはストーリーがある。

 ストーリーは、「孤児だった伊達直人がレスラーになリ、ファイトマネーを出身施設におくる」というマンガの原作の物語だけではない。このニュースを見た視聴者には、「新しいランドセルを背負ってうれしそうに小学校に入学する、親のいないつらい境遇にもかかわらず一生懸命生きている」子供たちの姿が目にうかぶ。こういった子供たちの姿を具体的にイメージすることができる。だから、ニュースをみた視聴者は、子供たちに共感をおぼえ、伊達直人がした行為に共鳴し、感情をうごかされ、「自分も同じことをしてあげたい!」という気持ちになる。

 実際のところ、寄付をうける施設としたら、現金がよいにきまっている。新聞記事のなかにも、「すでにランドセルを用意した子供もあり、一部は上級生にまわす」という説明があった。「何かを贈る前に、その施設に連絡して、いま、なにが必要かたしかめてから贈物をきめていただくのがよいと思います」とコメントしたNPO法人のひともいた。

 だが、寄付する人間にとっては、現金を贈ることで精神的満足感を得ることはむつかしい。お金がどういったふうに使われ、どういったふうに役立ったか具体的にイメージできない。赤い羽根共同募金とか歳末たすけあい募金とかにお金を寄付する気分にならないのは、そこに具体的なストーリーがなく、感情を喚起するものがないからだ。

 タイガーマスク現象をみて、「寄付したという実感を感じることが大切だとあらためて認識した」と書いている新聞記者もいました。「寄付を募る団体は、もっとマーケティングに力をいれるべきだ」とコメントしているひともいました。

 寄付白書2010年(日本ファンドレイジング協会発行)によると、個人が一年間に寄付している総額は日本では5455億円で、名目GDP比率0.12%。これに対してアメリカは2274億ドル(約19兆円)で比率は1.6%、英国 99億ポンド(約1兆3000億円)で比率は0.68%となっている。

 寄付を募るためのマーケティング活動をするさいに、お金がどう使われるかを具体的に見せるPR活動も重要だが、まず第一にしなくてはいけないことは、寄付をするひとたちの心理を考えることだ。

 文化人類学では、贈り物は重要な研究テーマで、意識的であれ無意識的であれ、贈り物をするひとは、必ずなんらかの代償を求めているとされる。たとえば、クリスマスプレゼントは互いに贈りあって交換する。お歳暮でも、贈る人と受けとる人との上下関係によって、ある一定レベルのお返しをすることが期待されている。寄付の場合は、一方的に金銭や贈物をあげるようにみえますが、寄付するひとは、それによって、精神的な満足をえたい、優越感をえたい、罪悪感を減らしたい・・・等々のお返しを(意識していないとしても無意識のうちに)期待しているのです。

 なぜ、寄付をするかの理由には様々なものがある。そのうちのいくつかを挙げてみます。

1. だれかの物語に感情をうごかされた
2. だれかの人生を変えることが自分にもできると感じたい
3. 共同体やグループとの絆(きずな)を感じたい
4. 税金控除のために必要
5. 寄付することはクールだ
6. 自分の社会的地位やイメージを高めたい
7. 自分が幸せだから、恩返しをしたい(そうしないと、ある意味、罪悪感を感じる)
8. 指導者的立場というか、みなから尊敬されるような手本となりたい

 今回のタイガーマスク現象は1番目の「物語に感情をうごかされた」から、5番目の「寄付をすることはクール」に移って引き起こされた現象といえる。そして、一番最初にランドセルをクリスマスプレゼントした伊達直人さんは、 2番目の「自分は誰かの人生を変えることができると感じたい」と思ったのかもしれないし、7番目の「自分だけが幸せなことに罪の意識を感じ、少しでもおすそわけしたい」と思ったのかもしれない。

 4番目の税金控除に関しては、アメリカの寄付金額が多いのは、税金控除があるからだといわれる。日本でも、2011年度から、NPO法人などに寄付すると寄付金の半分ほどが所得税や住民税から控除される減税措置がとられるようになる(鳩山前首相が強く主張して実現した税制改正です。害を及ぼす以外なにもしなかった前首相のたったひとつの善行です)。だから、日本でも寄付活動が活発になるのではないかと期待されている。  

 「金持ちはケチだから金持ちなのだ」とよく言われるが、これはアメリカでも同じらしい。金持ちほど寄付しないことが調査で明らかになっている。所得でセグメントすると、年収10万ドル以上の層は、5万から10万の層よりも、寄付金の率が低くなる。たとえば、65歳以上で10万から20万ドルの年収のひとは、収入の1.5%を寄付する。が、5万から10万ドルのひとは、年収の4.2%も寄付するそうだ。

 だから、大金持ちには、税金控除以外にも、6番目の「自分の社会的地位やイメージを高める」とか、8番目の「指導者的立場に立ちたい」という名誉欲を刺激する必要がある。

 だが、日本では、個人が大金を寄付すると、やり方によって、売名行為だと非難されるリスクがある。良く言えば平等意識、悪く言えば横並び意識の高い日本では、余り目立つと、「出るクイはうたれる」でバッシングを受けることが多い。そもそも、金持ちであること自体が、妬まれる対象となる。目立たないほうが良いということになると、匿名で寄付するしかない。しかし、お金持ちが寄付をするのは、税金控除以外には、自分の社会的地位やリーダー的立場に立ちたいという欲求によることが多い。名誉欲のために寄付をするのだから、匿名でしていては、なんのために寄付しているのかわからない。

 寄付支援団体が、寄付金をふやしたいのなら、寄付を匿名でしないように社会の意識を変えることがまず必要だ。タイガーマスク現象に関して、「匿名での寄付は日本人特有の照れの文化の表れ」と説明されている。照れるという行為自体を、人類の進化の歴史からみれば、自分を謙虚にみせ、他意も野心もないことをみせ、まわりから特出しないようにみせる手段である。

 アメリカでは、お金持ちでなおかつ有名人、つまりセレブになると寄付をしなければいけない。そうでないと大衆やメディアから非難される。こういった海外の事情を紹介しながら、日本においても、金持ちが寄付をするのは社会的常識だという雰囲気をマスコミといっしょにつくりあげる。これが、まず、第一に必要なマーケティング活動だ。

 ギフト・ビジネスの話にうつります。

 といっても、お歳暮とかお中元とかいったフォーマルな贈り物ではない。これから成長が期待できる友人や家族間のカジュアルなパーソナルギフトだ。パーソナルカジュアルギフト市場は、2008年で前年比6.3%増の3.4兆円。不景気でお歳暮お中元のようなフォーマルギフトが減っているにもかかわらず順調だ(矢野経済研究所調べ)。

 内需拡大が叫ばれているが、すでにある程度の商品を持っている消費者の購買意欲は低いといわれる。だが、自分は必要なくても、他人にギフトをあげることはできる。ギフトをあげることで、精神的満足感を得ることができる。育ててくれた恩義を感じる両親に贈ることで罪悪感を減らしたり、友人との絆をつよくしたり、また、他人にあげることで幸せを感じることができる。

 アメリカの社会心理学の実験によると、自分のためにお金を使うことよりも、他人のためにお金を使ったほうがより幸せになるひとが多いそうだ。無差別抽出された一般市民600人の調査によると、ギフトや寄付により多くのお金を使うと、よりハッピーになることが明らかになった。つまり、贈り物と幸福とには相関関係があるということだ。また、46人の学生を2グループに分け、20ドルわたし、そのお金をその日のうちに、1)自分のために費やす、2)友人や家族のために費やすという異なる条件をつける。結果、友人や家族のためにお金を使ったグループのほうがより多くの幸福感を感じたということがわかっている。

 つまり、自分にはもう買いたい商品はなくても、他のひとに何かを買って贈ることで精神的満足をえてハッピーになる。そして、もらった相手は、お返しをすることが社会のおきてだ。だから、パーソナルギフト市場は成長が期待できる。

 ということで、パーソナルギフト先進国のアメリカの現状をちょっと紹介してみます。

 アメリカでは、めったやたらと贈物をする機会が多い。誕生日に結婚記念日。結婚式の前に花嫁の友人や家族が集まってパーティを開きプレゼントをあげ、結婚式にもまたあげる。赤ちゃんが誕生する前にも妊婦の友人や家族が集まってプレゼントをあげ、生まれたら、またプレゼント・・・・。しかし、ギフトが一番売れるのはやっぱりクリスマス。11月から12月の間に、個人消費の四分の一が費やされるお国柄だ。おもちゃ業界などは、クリスマスシーズンに年間売上の半分をかせぐ。

 プレゼントをめぐっては、贈る側と受けとる側の葛藤がある。受けとる側は圧倒的に現金がいい。だが、贈る側としては、現金では味気ない。他人のためにプレゼントを探すことが楽しみなひともいる。結果、アメリカでは、ギフトを返品して金券や他商品と交換するのは当然という慣習がある。レシートがあれば返品手続きが簡単にできるということで、わざわざギフトのなかにレシートをいれて贈るひともいる(店舗が、価格がバーコードで印字されていてわからないようなレシートを発行してくれる)。

 また、ネットや店舗は「ウィッシュリスト」というサービスを提供している(日本でもアマゾンが「ほしいものリスト」という名前で同じサービスを始めている)。たとえば、結婚するカップルが、ネット上やデパートでウィッシュリストをつくり、そこに、自分たちが欲しい商品のリストを掲載し、プレゼントをくれる予定のひとたちに、そのリストのなかから選んでほしいと依頼する。ほんとは現金がいいけど、どうしても品物をおくりたいというのなら、このリストのなかから選んでね・・・・というわけだ。

 なんだかプレゼントする気が失せる。が、アマゾンは、それよりもっと巧妙なやり方を考えているらしい。

 アマゾンサイトで友人にギフトを買ったとして、相手の友人はそのギフトが送られてくるまえに返品できるシステムだ。

 唖然!!

 もっとも、こういったシステムの特許をとったというだけで、いつどういった形で実行するかはわかっていない。特許の内容から推測すると・・・アマゾンはギフトの受取人に品物を送る前に、「誰々さんからこういった商品がギフトとして指定されました。あなたはこれを受け取りたいですか?それとも、同等価格の他の商品に交換したいか、場合によって、金額を足してより高いものを買うこともできますよ」とメールで通知する。ギフトの受取人は、このサービスによって、返品する手間が省ける。アマゾンだって配送料金がかからないぶん得をする。アマゾンはこのシステムの特許を2006年に申請してすでに許可がおりている・・・そうだ。(ただし、アメリカではギフトカードの利用が伸びていて、結果、クリスマスギフトの返品率が10年前の38%から13%(2009年)に下がっており、こういったサービスはもはや必要ない。だから、アマゾンは特許はとっても実行しないのでは?という声もあります)

 ここまでくると、贈るひとの精神的満足感は得られそうもない感じがします。ギフトを贈ることでハッピーになる・・・という心理学の実験結果もあてはまらないような気がします。実際、12月になると、クリスマスに誰に何を送るかのストレスで、頭痛がしたり睡眠障害に悩む人がいっきょに増えるそうです。

 いくら内需拡大に貢献するからといっても、家族、友人・知人に贈り物をするときは、自分が幸福を感じるくらいのレベルでやめておきましょう。まちがっても、ミクシィーやフェイスブックの「友人」全員にプレゼント・・・なんてことは考えないようにしましょうね。

参考文献: 1.「始まる?寄附元年」 朝日新聞1/6/11、2.「覆面の善意は照れ隠し?」、日経新聞1/12/11, 3. Richard A. Friedman, Behind Each Donation, a Tangel of Reason,The New York Times, 11/14/05, 4. Amazon’s Idea: Return the gift before you get it, msnbc.com, 12/29/10, 5.John Tierney, Yes, Money Can Buy Happiness, The New York Times, 3/20/08

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