出版不況のなかで、ひとり勝ちしているのが宝島社。発行している女性誌は軒並み前年対比60%増。なかでも「sweet」は2009年5月号の部数が60万部で、昨年より150%以上の伸びだという。
そして、その数字を誇るかのように2009年9月24日に、朝日、日経、読売、毎日など全国紙に前面見開きカラー広告を出して、話題になった。雑誌が売れているのは付録がついているからだとか、経営者も出席するマーケティング会議に秘密があるとか、いろいろ話題になっている。
が、ここで、取り上げたいのは、新聞広告に掲載された「女性だけ、新しい種へ。」というコピーについてです。
「この国の新しい女性たちは」、自分のファッションを考えるときに、「もう、男性を意識しない。彼女たちは、もう男性を見ない。もう、自分を含めた女性しか見ない」から始まって、「このままいくと、女性と男性はどんどん別の『種』に分かれていくのではないか」と続き、「いつか、女性は男性など必要とせずに、自分たちの子孫を増やし始めるのではないか」と予言します。そして、女性たちが新しい種として、これからますます飛躍していくのに、男性たちは、どうするんだろう・・・と、男よもっと強くなれ!と叱咤激励(?)しているかのようなエンディングとなっています。
異性を意識していないのは、女性だけではなく男性も同じ。草食系男子というセックスに余り興味のない「新しい男性」もすでに登場してきているらしい。世界的ベストセラー「利己的な遺伝子」を書いたリチャード・ドーキンスによれば、人類、動物、いや、地球上に住む生物はすべからく、繁殖して自分の遺伝子を将来にのこすように仕組まれプログラムされているのです。その繁殖に必要なセックス、そして、そのために必要な異性への関心がない・・・などということは、「この国の新しい女性たち」だけでなく「この国の新しい男性たち」どちらも、地球上の生物であることを放棄しているようなものです。ホモサピエンスから枝分かれした新種です。80年代半ばに流行した言葉を使えば、これこそまさに「新人類」なのです。
ただし、残念ながら、人類というか哺乳類は、異なる性同士の交配、つまり精子と卵子の受精以外には正常な固体は生まれない仕組みになっています。単為生殖するミジンコ、雌雄同体のカタツムリ。魚類とか爬虫類の仲間にも、新しい環境の変化に適応して、メスやオスが異性なしに自分だけで繁殖する種も発見されています。しかし、哺乳類である人類は、どれだけ気の遠くなるような時間をかけても、異性同士のセックスなしに繁殖はできない遺伝子の仕組みになっているのです。クローン人間をつくる以外、異性間のセックスなしに、新しい生命を誕生させる可能性はないのです。したがって、いくつかの国際的調査によって、世界で一番セックス頻度が少ない日本国においては、「強くなった女性」も「弱くなった男性」も、どちらも新種どころか絶滅種となる運命にあるのです。
30世紀への予言はこのくらいにしておいて、宝島社の女性誌や東京ガールズコレクションを支える女性たちのナルシズムの話に移ります。
アメリカでは、1970年代以降に生まれた世代にはナルシストが多いと言われます。共稼ぎ夫婦の間に生まれ、豊かな生活のなかで、兄弟姉妹も少ないために、まわりの注目を浴びることが当たり前のような環境で育ってきた。しかも、欠点を指摘されるよりも、良いところを見つけて誉める教育を受けてきた。こういったことが、ナルシスト世代を生んだ原因だそうです。
日本人の新世代も似たような環境で育ってきてはいるかもしれないが、ナルシストとはいえない。人生経験が少ないがゆえに謙虚さのない若者は多々存在する。でも、そんな若者ですら、自信過剰というよりは、どちらかというと自信過少気味なのが日本の特徴だ。ナルシズムは日本には無縁のものだ・・・・と、最初は考えました。でも、ナルシズムについて、もう少し調べてみると、東京ガールズコレクションや宝島社女性誌に人気が集まる理由がガッテン!できたのです。
「そうか!これでいまの若い女性たちが、自分たちのファッションの基準として、異性の気を引くよりも、同性である自分たちの仲間うちの目を意識することが理解できる。また、自分たちの仲間うちから生まれたスター、つまり読モやストスナ・セレブに注目する傾向もわかったぞ!」
・・・・ということで、70年代よりずぅずっと前に生まれ親には欠点を批判されて育ったくせに、なぜか自信過剰気味のナルシストの私は、絶対的に正しいと信じて疑わずに自説を発表したいと思うのです。
まず、第一にナルシズムは「自己愛」と訳されたりしますが、ナルシストは自分を愛するために、自分を誉めてくれるまわりの人間を必要とします。
ナルシズム(narcisism)の語源はギリシア神話にあることはご存知でしょう。美青年のナルキッソス(Narcissus)は自分に恋焦がれている妖精エコーを拒絶します。それを見た復讐の女神ネメシスは罰として、ナルキッソスが自分だけしか愛せないようにします。ある日、ナルキッソスは、水の面に映った自分の姿を見て、恋に落ちてしまいます。が、どれだけ恋焦がれても、その恋は成就しません。その場所から離れられないナルキッソスは憔悴してやせ細りついに死んでしまいます。その後に咲いた花はナルキッソスの名前をとって narcissus(水仙)と呼ばれるようになりました。
水の面(鏡)に映った自分の姿しか愛せない・・・この鏡がまわりの仲間うちのひとたちです。ナルシストは、自分自身を映し出している(反映している)仲間に認められ誉められることを必要とします。当然ながら、自分の価値基準をまわりにも求めるし、また、反対に、まわりが価値あると認めるものが自分の価値基準になります。ゴシック&ロリータ好きとか、お姫様好きとか、いろんなグループがあってつるむのです(女の子たちは小学生のころからトイレにいくのもつれだっていきますよね。西洋でも、女性のナルシストはグループで行動する傾向が男性よりも高いといわれます。もっとも、TVドラマ「セックス&シティ」で女性4人が何をするのもいつもいっしょ・・・くらいのレベルのことかもしれませんが)。
ナルシズムのひとたちは、愛しているのは鏡に映っている自分であり、本当の自分への自信はありません。だから、グループとつながっている必要性があります。ケータイもSNSも、そして、宝島の女性誌も、この「つながり」を提供してくれているのです。ナルシストは本当の意味で(昔の伝統的な意味での)友人が必要なわけではなくて、自分を映し出してくれる鏡が必要なわけですから、「つながり」だけで充分なのです。ファッションの基準、趣味、そういったものでつながっているグループが存在すればよいのです。そして、このグループの価値を認めることは、自分自身の価値を認めることです。ですから、女性誌を読み、その価値をクチコミし、雑誌の人気が出ることは、自分にとっても喜ばしいことなのです。
ついで、自分の仲間うちから出たスターに注目しあこがれる理由も書いてみます。宝島の女性誌やTGCのファッションは、基本的に、ストリートファッション中心だといわれる。ストスナといって、街を歩いているちょっと個性的な女性の写真を撮る。そういったスナップ写真ばかりで作られたストスナ・ページが人気を呼ぶ。「マーケティングNOWシリーズ12」で書いたように、それほど美人でもないのに、自分流(?)なメークやファッションでストスナ雑誌に登場し、読者(仲間うち)で注目され憧れの対象となっている読モも多い。
こういった現象を理解するために、アメリカの「セレブ崇拝シンドローム」についての研究をチェックしてみます。
アメリカでも最近のセレブ人気は異常だといわれ、2002年の英米での心理学調査では、アメリカ人の3分の1がセレブ崇拝シンドロームにかかっているという結果が出ています。このセレブ人気について、2つの説があります。
1) 進化心理学者の説・・・人間は太古の昔からゴシップ好きだった。現世人類が生まれて25万年のうち99%以上を私たちは150人くらいの村落グループで暮らしてきました。そこでは、ゴシップは、つまり、「その場にいない互いに見知った誰かについて評価すること」は、社会の秩序を守り生活を円滑にするために必要な手段だったのです。誰と誰が仲良しだったが最近ケンカしたとか、誰と誰が最近密会していたとか・・・いまでも、こういった情報を知っていることは、会社、業界、政界、どの人間グループにおいても、自分の地位の安泰をはかり権力を得るための最重要事項です。
20世紀になって工業文明が始まり、村が崩壊し、人類はある一定のグループからグループへと渡り歩くようになりました。住居を変える、職場を変える、学校を変える。そのときどき、どの新しいグループに入っても、共通して知っている馴染みある顔はセレブです。だから、誰もが、セレブのゴシップに夢中になるのだそうです。ちなみに、これも心理学調査によると、男女の違いとか、社会的地位の違いに関係なく、現代の我々も会話の3分の2をゴシップに費やしているそうです。
2) ナルシズムの観点からみた説・・・・セレブについて話すことは、自分自身について話すことでもあります。社会における自分の立ち位置や価値基準を決めるためにセレブを利用しているのです。自分は誰なのかを明確にし、自分の価値観を再認識するために、自分の仲間とのネットワークをより強固なものにするために、セレブについて話すのです。自分が憧れるセレブはナルシストの水の面(鏡)と同じなのです。そして、そのセレブが仲間内からの出身者であることは、自分の価値基準に自信がもてることです。だから、ファンとしてより強くサポートするのです。
こう考えていくと、女性たちは、新しくなったわけでもなく、強くなったわけでもない。ある意味、不確実で不安な時代において、自信を喪失しているがゆえにナルシズム傾向が出ている・・・ともいえる。「自分流のファッション」といわれるけれども、それは本当の意味での自分だけの個性ではなく、自分の仲間うちでカッコイイとかカワイイとみなされている個性なのです。
男性にもナルシズムが侵食している傾向は見られます。女性のようにグループをつくり、同性の読モやストスナ・セレブに憧れる男性もいるようです。しかし、多くの男性は女性ほどつるまないせいか(つまり、自分を誉めてくれる仲間がいないせいか)、自信を喪失しやすい。そういった挫折したナルシストによく見られる行動が、内に引きこもりオタク化したり、反対にすべてをまわりのせいにして攻撃的になったりする。
うっ、なにか、ちょっと暗くなってしまったぞ。
「二十世紀少女」としては、もうちょっと明るい未来を予言する形で、この話を終えたいと思います。たとえば、宝島社が、女性カリスマ読モと男性ストスナ・セレブとが結婚して、2・3人子供を生んで、幸せに暮らす生活を見せる雑誌をつくる。収入の格差、愛情表現の行き違い、うまくいかない性生活、そして、子育ての大変さ・・・こんなことを、(TVのリアリティー番組ならぬ)紙面リアリティー・ページみたいに展開して、それでも、「二人はやっぱり幸せ(はぁと)」だと読者に思わせれば、ナルシスト同士のカップルがたくさんできて、日本人も絶滅種になることは避けられるかもしれない。
でも、私が一番好きなアイデアは、宝島社が、「主婦と生活」の復刻版みたいな思いっきりレトロな雑誌を出版し、家計簿と白いかっぽう着を付録につけるっていうものです。
参考文献:1. A Field Guide to Narcissism, Psychology Today, 12/9/05, 2.Seeing by Starlight: Celebrity Obsession, Psychology Today, 7/15/04, 3.Carol Brooks, What Celebrity Worship Says about Us, USAToday 9/14/04 4. Raina Kelley, Generation Me, Newsweek 4/18/09 5. Lucy Taylor, The Ego Epiemic: how more and more of us women have an inflated sense of our own fabulousness, Mail Online 9/14/09, 6. Christine Rosen, Virtual Friendship and the New Narcissism, The New Atlantis , Number 17, Summer 2007
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