ネットでは、無料の情報とかサービスを提供することで、不特定多数の客をコスト安に集めることができる。この「客」というのは、たんなる「アクセス客」である場合もあるし、最終的には購買客になる「見込み客」である場合もある。どちらのタイプの客も企業にとっては価値がある。
たとえば、@コスメのようなクチコミサイトでは、アクセス客が多ければ、それが記事になり話題になり、結果、より多くのアクセス客が集まることになる。そして、アクセス客が多くなればなるほどサイトの広告メディアとしての価値が高まり広告収入も増える。また、@コスメサイトで気に入った商品がみつかって購入すれば、アクセス客は見込み客だった、そして購買客になってくれた・・・ということになる。どちらのタイプの客も企業に収益をもたらしてくれる「価値ある客」だ。
だが、基本的にアクセス客自体は、お金を支払ってくれない無料(タダ)の客だ。
最新のハーバードビジネスレビュー(1008年11月号)では、この無料客の価値について面白い論文が掲載されていた。そして、なんと、あの「ロングテール理論」のクリス・アンダーソンも興味をもったらしく、自分のブログ(11月4日付け)で、論文の次ぎのような箇所を紹介している。
「他の客の支払う金によって補助されている自分自身はほとんどなにも支払わない客。こういったタイプの客が必要不可欠だというビジネスはけっこうたくさんある・・・・・・こういったビジネスモデルは、世界の大手100社のうちの60社の収益の大半をもたらしているという推定もある。ネット上で無料サービスの提供が爆発的に増大していることによって、いわゆる市場の二面性(two-sided market)といわれるビジネスモデルはますます一般的なものとなることであろう」
Two-sided marketは「市場の二面性」と訳されているようだけれど、素直に「二つの側面をもった市場」にしたほうがわかりやすい思う。
まあ、それはさておき・・・。
たとえばクレジットカード会社の場合、客には2種類ある。カード会員である消費者と加盟店だ。会員はカードがどこでも使えることを望む(つまり、より多くの加盟店が必要)、また、加盟店のほうもより多くのカード会員が存在することを望む。だから、カード会社は、会員数を増やすために年会費を無料にすることがある。それが、結局は、加盟店を増やすことにつながり、加盟店からの手数料収入が会員の獲得維持費用を補って余りあるものになることを見越しているからだ。こういった「2つの側面をもった市場」は、不動産業、IT産業、オークションハウス、印刷媒体、就職斡旋業など数多くある。
ニューヨークタイムズは2007年にネット読者に記事を無料公開することにした。同じく、フィナンシャルタイムズも一ヶ月30件の記事までは無料提供とした。ウォールストリートジャーナルでさえも、オンライン記事を無料提供することで、毎日アクセスしてくる読者数を100万人から1000万人に増やす計画があるという。アクセス数がふえれば、広告収入がふえるからだ。また、オークションサイトでは、有料顧客というのは出品料や売れたときの手数料などを払ってくれる売り手だ。だが、より多くの売り手を集めるためには、何も支払ってくれない買い手(入札/落札客)を多く集める必要がある。
クリス・アンダーソンは論文の次ぎの箇所も引用している。
「・・・(こういったビジネスモデルは)、1)ある顧客セグメントに料金を課さないことによって、大規模な顧客を引き寄せるのに必要なクリティカルマスの顧客を獲得できる、2)そして、後者からの収益が、前者を獲得してサービスを提供する経費をまかなって余りあるものとなるはず・・・という理論的根拠に基づいている」
たとえば、有名な例はAdobeのPDFだ。発売当初は読者にも書き手にも料金を課したためになかなか普及しなかった。当然売上はあがらない。そこで、読者には無料で提供することにし、それによって、書き手からの売上が急激に増大することとなった。
「問題は、この「無料客」の価値を計算する方法を見つけることだ。経営者は無料客が必要だとわかってはいても、その重要性を軽く見る傾向にある。その理由は、1)当然のことながら、収益をもたらしてくれる顧客のほうについ集中してしまうし、2)無料客の生涯価値を計算する厳密な方法がわからないからだ・・・・・」
無料客を集めるのにどれだけの経費をかけられるか? を知るために、無料客の生涯価値を計算する。そのためには、無料客がどれだけ他の無料客や有料顧客を集めることができるかを知らなくてはいけない。そのとき、1)無料客が無料客を集め、有料客が有料客を集める直接的ネットワーク効果だけでなく、2)無料客が有料客を集め、有料客が無料客を集める間接的ネットワークも計算にいれなくてはいけない。
論文では、某オークションサイトにおいて過去のデータ(売り手と買い手の数、各グループの増加率、売り手への請求額、両グループを集めるためのマーケティング投資額など)を分析した。その結果として・・・
1. 買い手間の直接的ネットワーク効果は売り手間の効果より大きい。
2. より多くの買い手はサイトを魅力的なものにして、より多くの売り手をひきつける間接的ネットワーク効果がある。
3. 買い手は、とくに初期において、売り手と買い手両方を集める大きな影響力を発揮する。たとえば、初期に獲得した買い手客の価値を$2500とすると、50ヵ月後に獲得した買い手客の価値は半分の$1360、100ヵ月後に獲得した買い手客の価値は$200前後となる。つまり、早期にクリティカル・マスに到達することが重要であり、たとえ損失を出しても最初の集客投資が必要。
4. 売り手への料金を決めるにあたっては、浸透価格戦略を採用する。初期に安くすることでより多くの売り手が集まる。それがまた多くの買い手を集めることになる・・・
といったような内容なのだが、クリス・アンダーソンは、「ビジネススクールの教授らしく、わかりきった結論に持っていくまでに時間をかけすぎる」と批判しながらも、「無料サービスに魅了された初期採用者は後期採用者よりも他の買い手や売り手をひきつけるのには重要という結論は、ネットワーク効果の基本で前からわかっていたことだ。だが、この記事では少なくともその理論を数値化して、無料客の価値を数字で出している」と、それでも、ちょっぴりほめている。
70年代末から80年代初めに「データベースマーケティング」なる考え方が登場したときには、新規客を獲得したら、ひとり一人のデータを利用しながらパーソナルなサービスを提供して(大切に)優良顧客に育てていく・・・ことが顧客戦略だった。そして、優良顧客の生涯価値を計算して、よって、新規客獲得にどれだけのマーケティング投資をかけられるか、顧客の維持にどれだけの投資をすることができるか?・・・・を考えた。
それが、インターネットが普及するようになってから、とくにケータイサイトの利用が進む中、情報を提供することで不特定多数の見込み客がコスト安に集まるようになった。たとえば、TSUTAYAが1999年にツタヤオンラインを開始し、登録会員には映画の新作情報や優待割引情報などを無料で提供するサービスを始めた。ケータイ・サイトで同じサービスを開始するようになり、短期間のうちに、数百万人の会員を獲得して話題になった。そのころからだ。多数の見込み客をふるいにかけ、そのなかから優良顧客を見つけていくという顧客戦略も選択肢のひとつになったのは・・・。
そして、いま、無料客にも価値があるとされ、無料客の生涯価値が計算されるまでになっている。顧客戦略もテクノロジーの変化とともに当然のことながら変わってきている。
参考資料: Sunil Gupta and Carl F. Mela, What is a free customer worth?, Harvard Business Review, Nov. 2008
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