ついに、「その日」がやってきた。
P&Gが決断したのも当たり前だ。
店舗小売業者が割安なPBを積極的に販売し、棚に置くメーカーのブランド品の数を減らす。あるいは値段を下げるように圧力をかけてくる。アマゾンさえもが本や家電製品だけ売っていればよいものを日用雑貨品にまで手を出す。あげくに、ネットスーパーまで開店してニンジンや肉まで売り始めた。
我慢するのも、もう、限界だ!
そう思ったかどうかは知らないが、日用雑貨品メーカーとしては世界No.1のP&Gがネット販売のサイトを1月に開けた。とはいっても、まだ、実験段階。最初は会社の従業員を対象に、次いで5000人の消費者だけにテスト販売したあと、2010年春にはアメリカの消費者向けにネット販売を始める。
欧米の消費財メーカーのなかには、ブランディング用のサイト上で、「よろしかったらどうぞ」くらいのレベルで、サイトで紹介している商品を直接販売している企業もかなりある。だが、P&Gだけは、どちらかというと、自社商品を取り扱っている小売業者に配慮して、直接販売はほとんどしていなかったのだ。
もっとも、P&Gは、新しいサイトを開ける目的は、消費者に直接販売するためだ・・・なんてことは言っていない。競合相手となってしまうお得意さんの店舗やネット小売業への刺激を避けるためか、「このサイトは、消費者調査の実験場である。 消費者がオンライン上でデジタル広告やクーポン、販促活動にどういった反応を示すかのテストをする。結果としてわかったことは、小売業者にも還元される。だから、このサイトは小売業者にも役立つはずだ」と語っている。
そんな言い訳、信じてくれるかなあ?
P&Gの全世界における売上79億ドルのうち、アマゾンやウォルマートのサイトからの売上を主とするネット販売が占めるのは、わずか0.6%。したがって、P&Gは、今すぐ、自社サイトが大きな売上を上げるとは思ってはいない。だが、将来は? ネットのダイレクトチャネルは店舗と同じくらい重要な位置を占めるようになるだろう。だから、いまのうちに、自らネットに進出し、オンライン購買に効果的な商品の組み合わせ、ソーシャルメディアとのリンクづけ、直接販売に最適な包装梱包などについて調べておきたいのだ。そして、ネットから、いまの10倍の売上を上げるようにしたいというのが目標らしい。
P&Gは2008年にネットスーパーの実態を勉強するために、英国の(店舗をもたない)ネットスーパー専門のOcado(オカド)に投資をした。また、 Googleとの間で、社員20人くらいを数週間交換して互いにまったく異なる業種でのビジネスのやり方を学ぶという面白い試みもしている。
つまり、ネット小売業について、慎重に準備をしていたということだ。
欧米では、いくつかの消費財メーカーから成るネット販売サイトを運営する試みは、すでに2009年の夏に始まっている。Alice.com(www.alice.com/)には、ジョンソン&ジョンソン、ネスレ、ゼネラルミルズなど29のメーカーが集まっている。このサイトを運営している会社代表は、「P&Gのように数百種類もの商品を製造しているメーカーは、独自でサイトを開けることができます。しかし、多くのメーカーが集まることによって、消費者への魅力度はずっと増すはずです」とコメントしている。
結局のところ、消費者にものを直接販売できるダイレクトチャネルということになれば、店舗か(PCやモバイル端末の)サイトしかない(一応、電話もダイレクトチャネルではあるけれど・・・)。そして、結局のところ、利益を高めようと思えば、どこかが製造したモノを仕入れるのではなく、製造(生産)プロセスそのものにも関与したくなる。タイトルにP&Gがアマゾンになる日と書いたけれど、これは、アマゾンがP&Gになる日でもある。実際、米アマゾンは、この2年くらい、家庭用品、アウトドア家具、OA周辺機器で、(宣伝していないので気づかないが)PBを発売している。2009年秋には10種類のPBが確認されている。様子を見ながら、他のグローバル市場にも拡大していくつもりだろう。
10年後どころか5年後には、メーカーとか店舗小売業とかネット小売業とかの区別は消えているかもしれない。衣料品や家具だけでなく、日用雑貨や飲食料品分野においてもユニクロのような製造小売業化が進む。元メーカーとか元店舗小売業とか元ネット販売業と呼ばれる企業が、ネットを含めたいくつかの販売チャネルを抱える。そのとき、競争優位に立てるのは、どの企業か? 元メーカー、それとも元店舗小売業? それとも元ネット専業企業?
日本では、店舗小売業とくに百貨店とかイオンやイトーヨーカドーのような総合スーパー(GMS)の売上の落ち込みがひどい。が、だからといって、消費者へのダイレクト・チャネルとしての店舗の価値が落ちたわけでは決してない。
たとえば、ファッションサイトとして日本最大のZOZOTOWNがある。2009年1年で約60万人が利用し、会員数は2009年11月で約163万人。ブランド商品が中心で、20代の若者が(利用客の平均年齢は28歳)そこそこの値段の商品を購入している(年間購買金額は4万6000円)。 ZOZOTOWNを運営している会社社長は「ウキウキ感やワクワク感を感じられるように・・・・売り場が楽しそうになっていること、いつ来ても何かやっているような華やかさや活況感、ライブ感を大切にサイトをデザインしている」と、いくつかのインタビューで語っている。
たしかにZOZOTOWNは非常に上手にデザインされていると思う。でも、正直いって、サイトを訪問してウキウキ、ワクワクするとしたら、エンターテイメントにまったく縁のない人生を送ってきた若者でしょう。ZOZOTOWNサイトがどう頑張ってみても、五感を刺激することができる店舗には負ける。とはいえ、情けないことに、ウキウキワクワク心がときめかない店舗が多いことも事実だ。とくに、デパートはひどい。日本のデパートは小売業をしているのじゃなくてテナントに場所貸しする不動産業を営んでいるだけ・・・という批判記事にもウンウンとうなずきたくなってしまう。
最初に断っておきますが、私はデパート大好き人間です。デパートに行くだけで気分が高揚してついお金を使ってしまう。憂鬱なことがあっても、一歩店内に入ると忘れてしまう・・・はずだったのに。
去年のクリスマスはひどかった。クリスマスの華やかな雰囲気などまるでない。クリスマスソングは流れていない、サンタもいない。「お客様より私たちのほうがよほど貧乏です。だからクリスマスでも華やかに着飾るお金などありません」といった感じ。経費がないならないで、メタボでお腹の出た部長がサンタのかっこうをして売り場を歩けばいいだろう。クリスマス音楽を流すくらいなら、お金はかからないだろう。店舗に流れるバックグラウンドミュージックによって購買金額が違ってくるという心理学の実験を知らないのだろうか? 今日は絶対必要なものしか買わないぞと誓っても、いったん店にいくと、その雰囲気につられて、つい財布の紐がゆるくなる・・・ここに店舗の強みがあるのに。
2月10日の朝日新聞夕刊に、明治大の鹿島教授がデパート不況とその再興について書いていらした。鹿島教授はフランス文学の先生で、デパート第一号店といえるフランスのボン・マルシェを始めた夫婦についての本を出版している。朝日の記事では、デパートが150年もの間、小売業の王様として君臨できたのは、それが「文化」を提供したからだと結論づけられている。文化とデパートというと、私などは、西武百貨店、文化、堤清二という図式が浮かんできてしまう。文化の定義にもいろいろあるだろうけれども、しかし、デパートは商業空間であると同時に文化空間であるといわれても、いまいちいまに・・・。でも、そこから続く鹿島先生の説明には100%賛成です。
* ・・・デパートとは、必要を「満たす」ための場ではなく、そこに行って初めて必要を「発見する」場である・・・・いいかえると、消費者をデパートに「来させてしまえ」ば、もう「勝ち」なのである。デパートに入ったとたん消費者はそこれまで意識していなかった「欲望」を見出し、これを「必要」として後から合理化するからだ(以上は、引用です)
去年のデパートにお歳暮を買いに行った客は、ウキウキもせずワクワクも感じることなく、必要な要件であるお歳暮をすましたら、そのままデパートを去っていったことででしょう。クリスマスだけではない。多くのデパートはこの10年以上の間に、リアル店舗だからこそ提供できる活況感やライブ感を高級という名前のもとになくしていた。高級ということは品の良いことで、品がよいということは退屈なことだと、経営者は理解していたようだ。消費者が離れていったのも当然だ。
店舗は五感にアピールしウキウキ感ワクワク感を提供できれば、大きな力を発揮する。それは、化粧雑貨中心のドラッグストア、渋谷の109、ルミネのような駅ビル店舗が元気なことからもわかる。ファッションに限らない。不況でも好調な花屋の青山フラワーマーケットでは、文化祭のノリで元気な店員が、季節や流行にあわせてめまぐるしく品揃えを変え、店舗の雰囲気をいつも新鮮に保っている。1日のうちに店のレイアウトが変わることも珍しくない。目(視覚)を楽しませ、匂いや音楽が嗅覚や聴覚に刺激を与え、脳を満たす化学物質が入れ替わって気分が高揚する。本気になれば、店舗が提供できる五感刺激に勝てるネット上のサイトはないはずだ。
デパートの衰退の理由は、あちこちですでに書かれているし、原因は企業組織とか企業体質に由来するものが多いので、ここでは深入りしません。ただし、もうひとつだけ、日本のデパートがカタログやネットという通信販売チャネルを採用できなかったことについて書いてみます。
米高級百貨店ニーマンマーカスでは経済危機発生後の2008年のクリスマスシーズンに店舗売上は26.4%落ちたが、カタログやネットのダイレクト部門の売上の落ちは9.2%ですんだ。「巣ごもり」する消費者は外出する気は起こらなくても、自宅で選択できる便利な通販なら買う気も起きたのだろう。同じく高級デパートのサックスの2009年前半の売上をみると、店舗の売上が19%落ちたのにネット販売は9%増大している。どんな不況でも高額品を買える客層は存在する。通販なら世間の目をきにせずに贅沢品を買うこともできる。
日本のデパートが通信販売をずっと前から採用できなかったのは、ひとつには縦割り組織で、通販をすれば店舗の売上が落ちるという奇妙な神話に固執するひとたちを説得できなかったこと。よって、通販を採用していたデパートでも、店舗とは異なる商品しか販売できす、店舗との連動がなく相乗効果を発揮できなかった。また、ブランド店に場所を貸す不動産業が主となり、ポイントカードを発行しながらも、お客様とのコミュニケーションはテナントまかせ。 買取商品の割合も少ないために、通販と店舗販売商品を連動させる可能性はますます遠のいた・・・等々。
しかし、それでも、2月10日の日経MJによれば、第22回日経企業イメージ調査において、信頼性があるという項目では、デパート3社(髙島屋、伊勢丹、三越)がトップ3を守っている。欧米でも、ブリック&モルタルは消費者の信頼度を高めるといわれている。つまり、店舗というリアルな場は、信頼性と五感刺激という意味で、ネットよりも優位にたつ。
だから、小売業を極める限りは、(たとえ元メーカーでも)店舗というチャネルを無視はできないはずだ。
最後に、とりとめのない意見を3つ。
1. セブン&アイは2300億円投じてそごうや西武というデパートを買収したが、相乗効果を出すことに苦労している。店舗が店舗を買ったということが間違い。やっぱり、ネット企業を買うべきだった。あるいは、日用雑貨や飲食料品のメーカを買うべきだった・・・って、後悔していたりするのかなあ?
2. そういった意味で、これからの企業買収は「規模の経済」の論理ではなく、なるべく自社と離れたところに位置する企業を選ぶ。たとえば、ユニクロブランドの特徴はデザインとかファッションではなく工業製品みたいに革新性にある。だから、世界市場で成長するためには、たとえば、古くなったら土に埋めれば土にかえる服。身に着けているだけで血液中の某化学物質が吸収されて血圧が下がるとかホルモンが増大する下着・・・といったタイプの衣料品を製造していけばよい。よって、買収するのは高級ファッションブランドではなくて、化学繊維メーカーとか化学研究所みたいなところ。
3. 最後に、意見じゃなくて感想です。想像と創造のゾウを組み合わせたZOZOTOWNという名前は大好きです。でも、サイトにアクセスして町の風景をみて、ボッボという機械音をきくと、なぜか、バットマンとかスーパーマンに登場する架空都市ゴッサムシティを思い浮かべてしまいます(私だけ・・・?)。そして、バットマンが住んでいるゴッサムシティのイメージって、なんか暗いんだよね。
参考文献:1.デパート文化空間必要、朝日新聞夕刊2/10/10、2.日経企業イメージ調査、日経MJ2/10/10、3.青山フラワー、やる気で開花、日経MJ1 /08/10、4.小売の基本、ネット貫徹(トップの戦略)、日経MJ 12/21/09、5.Jack Neff, More CPG Players Embrace E-Commerce, Advertising Age 2/21/10, 6.Dan Sewell, P&G Jumping Into Retail Online, Testing New site, Boston.Com 1/14/10
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