ウォルマートがあの高級ファッション誌「ヴォーグ」に8ページの広告を出したのは2005年の秋だ。当時、ウォルマートは、1)大都市圏への進出をはかっていたし、2)ある程度高単価のPBの売上を上げたかった。比較的高級イメージの商品を割安に販売することでは、ウォルマートは「チープシック」に長けている「ターゲット」に大きく水をあけられていた。そこで、アメリカではちょっと名の知れたデザイナーによる洋服PBをつくり、その広告を「ヴォーグ」に掲載したというわけだ。
当時のウォルマートはちょっとあせっていた。
同じ総合小売業に属しているからといえ、売上世界一の企業であるウォルマートが、その六分の一の売上しかあげていない「ターゲット」の動向を気にするはおかしい。だが、国内売上だけみると「ターゲット」は三位につけており、しかも、ウォルマートよりも高い利益成長率を示し、2004年の株価はウォルマートが15%下落したのに対して「ターゲット」は28%も上昇していた。
ウォルマートは毎年新規店を300件開けることで高成長を続けてきた。が、そのビジネスモデルへの限界を、(店舗数が当時すでに3000件を超えていた)国内市場では感じていた。だから、低価格の日用品や食品だけでなく比較的高単価のPBを売る必要があった。だが、これまでサプライチェーンのIT化/効率化を進めることで低価格を実現してきたウォルマートの卓越性は、高単価PBのマーケティングには役に立たない。
そこで、2005年には、あいついで、外部からマーケティングやブランディングを担当する人材を引き抜いた。ライバルの「ターゲット」で19年間働き衣料品部門を担当していた人物、それから、マーケティング優良企業ペプシコからも一人スカウトした。そしてニューヨークの広告代理店を雇うという冒険もした。
その結果が、ファッション業界の聖書といわれる「ヴォーグ」の広告だ。
だが、「あのウォルマートがヴォーグに広告!」とマスコミで騒がれたわりには、イメチェン広告の効果はなかった。それどころか、店舗を高級化して値段も上げるつもりかと既存の顧客ベースに疑いの目を向けられ、2006年の秋には既存店の売上が10年間で初めて減少するという(ウォルマートにとっては)ショッキングな数字が出た。リー・スコットCEOは「新しいファッショナブルな衣料品が業績が下がった主な原因だ」と指摘した。方向性は正しくとも、やり方が急進的過ぎたのだ。
すぐに軌道修正がなされた。
まず、一年余の期間をかけて2億人の顧客を徹底調査し、顧客を3つのセグメントに分類した。ちなみに、消費者調査たるものはウォルマートの伝統にはなかった。これも、外部から入ってきたマーケティング専門家の影響だろう。
1. ブランド志向(brand aspirationals)・・・低所得者だがブランド名にこだわる
2. 価格に敏感な富裕層(price-sensitive affluents)・・・賢い購買取引を好む高額所得者
3. 低価格志向(value-price shoppers)・・・低価格品が好きで高いモノを買う余裕もない
調査でわかったことは、当然のことながら、ウォルマートに最も利益をもたらしてくれている顧客は価格に敏感であるという事実だ。だが、1や2のセグメントは、価値と価格との関係に納得して賢い取引だと判断すれば、ある程度高単価な商品も購買してくれることもわかった。
この調査に基づいて、低価格を買う既存の層を失うことなく、1)価値ある(値段もちょっと高い)ブランドや、2)食料品だけでなく衣料品やエレクトロニクス製品といった高単価な商品カテゴリーをも販売する戦略が練られた。
新しいスローガンもつくられることになった。
新しく雇われた広告代理店は、「ウォルマートはターゲットのまねをする必要はない。『低価格』はやはりウォルマートの『売り』だ。だが、もっと、今の時代に合わせて表現することが必要だ」と考えた。そして、広告スローガンのアイデアを探してウォルマートという会社の歴史的資料ありとあらゆるものをチェックした。その結果、発見したのが、創業者サム・ウォルトンが1992年にしたスピーチのビデオだ。彼は次ぎのように発言している・・・「お金を節約すればより良いライフスタイルを実現することができる。我々は、世界中の人々に、より良いライフスタイルを実現するチャンスを提供しようじゃないか」。
19年間使われてきたスローガン「いつも低価格/Always Low Prices」に代わって、新しいスローガン「節約して、より良い暮らしを/ Save Money, Live Better」が誕生した。これは、小さな節約でも、それが積み重なれば貯金ができ、それで家族がより良い暮らしができるという意味だ。この広告は、ウォルマートに委託され調査した会社の報告・・・2006年現在において、ウォルマートはアメリカ一世帯につき年間$2500の節約をもたらした。これは、2004年の$2329より7.3%高いという数字で裏づけされた。
調査会社グローバル・インサイトによると、1985年から2006年までの 20年にわたるウォルマート店舗の拡大によって、アメリカにおけるすべての商品アイテムの消費者価格は平均して3%下がった。これは2006年においてアメリカ人一人当たり$987、一世帯当たり$2500の節約に換算することができる・・・そうだ。
最初につくられたTVコマーシャルでは、ウォルマートでいつもショッピングする家族がそろって旅行に出かけるシーンが登場し、「節約してより良い暮らしを」というスローガンと、「ウォルマートは一世帯当たり$2500の節約を実現した」というテロップも流された。このコマーシャルは改善され、2007年から放映されているコマーシャルはすこぶる評判がいい。母親が登場して、「私がしてやれることは子供がより良い教育を受けられるチャンスをつくってあげることくらいです」と語り、ウォルマートで買ったお買い得のNBのPCを使って勉強している子供の様子が紹介される。あるいは、「娘は学校で学業でも人間関係でも努力し立派に学んでいます。私がしてやれることは娘が気分よく毎日過ごせるようにしてあげることぐらいです」と母親が言い、つづいて、家計の予算内で娘が気に入った洋服PBをウォルマートでなら買うことができると宣伝する。
親の子供を思う感情にアピールする優れた広告だ。
このキャンペーンが2007年9月から展開され、その結果、低迷していたウォルマートの株価はこの一年間で32%上昇したそうだ。
ウォルマートは2004年ごろから試行錯誤し、軌道修正して、マーケティングあるいはブランディングというそれまで馴染みのなかった考え方を採用するのに成功したようだ。この数年の経過を振り返って思うことは・・・
1. 餅屋は餅屋。マーケティングの専門家はやはり必要だ・・・・たしかに外部から入ってきたマーケティング専門家は最初はとまどい失敗もした。だが、すぐに軌道修正して成功した。
2. PBを売ろうと思ったら広告を出さなくてはいけない・・・日本では店舗PBの価格が安くできるのはNBとくらべて広告宣伝費がほとんどないからだといわれる。それは、NBのコピー商品を低価格で販売するPBに限ったこと。ある一定の値段以上のPBを販売しようとすれば広告が必要となる。広告費の売上対比が少ないことで有名だったウォルマートもPB率をふやすとともに、広告はふやしている。
たとえば、2000年には広告費用は年間6億ドルで売上高対比率はわずか 0.3%と推定された。1995年から2000年の5年間にウォルマートは年平均8.2%しか広告費をふやしていない。だが、2004年の広告費は14億ドルと推定され、この推定が正しければ、2000年より233%増加、前年対比でも45%増加していると考えられる。ちなみに、2005年に外部からマーケティング専門家を招くとともに、2006年にはマーケティングスタッフを30%増員している(それでも、「ターゲット」のマーケティング要員の五分の一にしかならないそうだ)。
マーケティングというかブランディングに目覚めたウォルマートが、これからどういったマーケティング戦略をとるか? かなり楽しみである。ちなみに、ウォルマートの好評なTVコマーシャルは、下記で見られます。
http://www.savemoneylivebetter.com/
参考文献: 1.Wal-Mart boots `Always low prices` slogan, USAToday 9/12/07, 2.With Vogue, Wal-Mart aims higher, Herald Tribune 8/24/05, 3. Ylan Mui, et. al., Wal-Mart’s New Track: Show `Em the Payoff, Washingonpost 9/13/07 4. Suzanne Kapner, Wal-Mart enters the ad age, CNNMoney 8/17/08 5.Michael Barbard, It’s not only about price at Wal-Mart, The New York Times 3/2/07 6. David Court, An Interview with Wal-Mart’s John Fleming, The McKinsey Quarterly July 2007 7.米ウォルマートの広告戦略、日経MJ,2/9/03
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