NBメーカーがPB商品を製造することは、悪魔に魂を売るのに等しいという過激な意見もある。
シリーズ第1回で書いたように、日本のNBメーカーのなかにも、PBを製造することを断固拒否する企業と、また、それをよしとする企業と2種類ある。欧米でも、コカコーラ、ハイネケン、ケロッグ、P&G 、ネッスル(コーヒーに限り)などは小売店PBは絶対に製造しないと宣言している。
PB製造に手を染めるときに使われる理由のひとつに、「余剰生産能力」がある。施設や従業員を遊ばせておくのはもったいない。そのぶん、PBを生産すれば付加利益も出る・・・というものだ。しかし、この説に対しては反論も多い。「Brands Versus Private Labels, Fighting to Win /NB対PB: 勝利への戦い」というハーバード・ビジネス・レビューの論文は、PB製造コストにはNB製造コストに入っている固定費が割り当てられていないことが多い。つまり、PBを受託生産すれば儲かるといっても、厳密にいえば、NBに経費の一部を負担してもらうことで利益を出しているだけだと指摘している。
この論文は、実際の数字を使って、NBの売上が一定以上なければ、PBの利益は出ないことを証明している。つまり、NBの売上が落ち、生産能力の余剰が出たから、売上減を補うためにPB生産を受託する・・・という発想は根本的に間違っている。もし、生産余剰が長期的なものであるのなら、1)短期的にPB製造をするのはよいが、それはあくまで工場閉鎖を含めるリストラを実施して生産能力の適正化をはかるまでの過度期対策とする、2)あるいは、PB製造に専念する別会社をつくるべきだ・・・と議論している。別会社にするのは、長期的観点に立ちイメージを大切にするブランド生産と短期的な融通性と低コストを重要視するPB生産とでは、作り手のメンタリティが異なるからだ。同じ組織で矛盾する2タイプの商品を生産することは、結果として、一番大切なNBの開発製造の妨げとなる。
同じ商品カテゴリーにおいてPBを製造すれば、自社NBが侵食される「共食い現象」を招く可能性が高いことも考える必要がある。
日経新聞(9/15/07)に、キリンビールが、イオンのPBである缶チューハイの受託生産から撤退するという記事が掲載されていた。キリンはNB「氷結」を発売しているが、イオンPBの缶チューハイはこれに比べて30%ほど安い。もともと、キリンが買収したメルシャンが受託生産していたものであり、契約が切れるのを機に、「同じ商品カテゴリーにおける安いPB生産を引き受けることは企業の方針に合わない」ということで撤退した。賢い選択だといえる。
PB製造を引き受ける理由として二番目に上げられるのが、小売店との関係だ。小売店との力バランスが改善されて、棚スペースの確保とか販促強化に関する交渉を有利に進めることができるというものだ。欧米での調査によると、こういった事実は実際には起こっていないようだ。その反対に、メーカーが小売店側に、自社商品のコスト構造とか最新技術を明らかにしてしまう結果になり、NBの仕入れ交渉をするさいの立場が弱くなってしまった・・・ということが指摘されている。
うちがしなければ競合他社がする・・・というのもある。たとえば、キリンビールにPB生産を断られたイオンは、合同酒精を傘下にもつオエノンホールディングスと生産委託について交渉した・・・と日経新聞は報道している。同じく、日経新聞(1/28/08)の記事には、セブン・イレブン・ジャパンが中華マンの取引先の大半を山崎製パンから中村屋に切り替えた。「価格や大きさで有利な PB商品を開発して欲しいセブンは、PB製造に否定的な山パンとの取引見直しを探っていた・・・」と続く。2つの記事はどちらも、「あなたがつくってくれないなら他に頼むからいいよ」という小売店側の態度を明らかにしている。
欧米の大手メーカーは、小売に対抗する手段のひとつとして、各商品カテゴリーにおいて、売上がNo.1とNo.2になれるブランド以外は削除、あるいは投資額を減らす方針をとっている。なぜなら、大規模小売店は売上No.1やNo.2のNB2種類にPBを加えて、その商品カテゴリーの中核商品とし、この3つに十分な棚スペースを提供するからだ。ユニリーバは1999年に1600種あったブランドを400種に減らすと発表。P&Gは300種のブランドのうちトップ10が売上の50%を占める現状を考慮したうえで、年間10億ドルを稼ぎ出す14ブランドに投資を集中する方針をとっている。
ということは、トップ3に入れないメーカーは、小売のPBを製造するほうがよい・・ということになる。実際、ヨーロッパには複数の小売業にPBを提供するPB製造専門メーカーがあり、大手NBメーカーが株主を満足させられるような成長を達成するのに苦労しているなか、右肩上がりの成長を続け、笑いの止まらないところもあるようだ。
NBに話を戻します。
日本ではNBメーカーに対して、(とくに最近原材料高騰による値上げが続くなか)、小売店からの価格への圧力が厳しいようだ。だが、この考え方は正しいのだろうか? PBが安いのは当然として、NBも価格を下げる必要があるのか? 消費者マインドが冷えているからといって、どの商品も値下げすべきだというのはあまりに単純すぎる考えかたではないだろうか?
日本でも、そして外国でもPBは食料品が多い。食品は模倣しやすいからだ。模倣という言葉がいけないとしたら、多くの食品は高度な技術がなくても誰にでも製造しやすいからだ。そういった環境において、たとえば、NBのジュースとPBのジュースとの品質の違いを消費者はどれだけ知覚できるか?・・・ということだ。
メーカーは、材料の細部にわたる違い、製造過程における高度な技術などが高品質を可能にしたとウンチクを述べるけれど、大事なことは、その違いを消費者は知覚できたか?・・・ということだ。場合によって、消費者が知覚できるのは、値段の違いだけかもしれない。行動経済学でいうように(不可解な消費者行動シリーズ第2回参照)、消費者はほとんどの場合、「値段が高ければ品質もよいだろう」とヒューリスティックな判断をして値段の高いNBのジュースのほうが品質がよいはずだと思って買っているのかもしれないのだ。
つまり、PBが安いとして、NBも安くする必要があるのか? NBの値段が高ければ、品質が良いだろうと判断して買う消費者が一定数いる。もちろん、不景気到来かもと身構えて購買心理が冷え込み、NBを買う客数は減るかもしれない。だが、そのぶん、PBを買う客数は増えるだろう。つまり、小売店にとっては、NBが高いからこそPBの売上個数が上がる。そのうえ、NBの値段が高いことによって、売上個数は少なくなっても、一個当たりの利益額はふえる。そのうえ、これが、一番大切なことだが・・・・、消費者にバラエティに飛んだ品揃えから選択できる(厳密にいえば、選択できると知覚することができる)というサービスを提供することができる。
もちろん、どれだけ高くてもよいのか? という問題はある。
これに関してはフランスとアメリカで実施された調査があり、どちらも非常に似た結果が出ているので参考にしてみたい(*1)。
1. フランスでの75種類のCPG商品カテゴリーにおける調査:
- NBの知覚品質がPBよりも高いカテゴリーにおいては、NBの価格は56%高くともよい
- NBとPBの品質に変わりがないと知覚されたカテゴリーにおいても、NBの価格は37%高くともよい。
- PBの知覚品質がNBよりも高いカテゴリーにおいて、NBの価格は21%高くともよい。
2. アメリカにおける調査
- NBとPBとの品質の違い1%は価格差5%に関連づけられる。
- NBとPBの品質が同等の場合、NBの価格は37%高くともよい。
- 消費者がNBとPBの品質は同等だと知覚しても、NBと同じ価格をPBに支払ってもよいとするのは5%のみ。
つまり、NBの価格は、消費者マインドが冷えているから高くしてはいけないとか安くしなくてはいけないという単純な考え方ではなく、1)小売PBとの値段の差、2)値上がりしたNBの売上が減ったぶんPBがどれだけ増えるか・・・といった要素を総合して判断すべきものなのだ。場合によって、NBの価格が値上がりした結果、その商品カテゴリーにおいて小売店の利益額は上がることだってありえるのだ。
そして、メーカーは、コスト削減努力をすることは当然ではあるが、それ以上に、消費者が「知覚する品質」を向上することにさらに一層努力すべきなのです。
消費者が知覚できるような品質の違い・・・ということで、エピソードをひとつ紹介したいと思います。NBメーカーではなくて小売店の高級PB開発の話です。日本では、まだ一般的ではないが、ヨーロッパではNBより高級なPBを、とくに食料品分野で開発している小売店があります。その先駆者ともいえるカナダ(ヨーロッパじゃないけど)のスーパーマーケット「ロブローズ」の高級ブランド「President’s Choice社長の選択」の話です。
この高級PBをつくった社長はグルメ大好き人間で、既存のチョコレートチップ・クッキーは食べるに値しないものばかりだと考えていた。世界一おいしいチョコチップ・クッキーをつくろうと自分みずから研究することにした。もちろん、既存製品とは違いホンモノのバターや高品質のチョコレートを使ったりとか食材にもこだわった。だが、消費者がすぐに知覚できる違いは、クッキーのなかに入っているチョコチップの量だ。「わたしは、二年間にわたる試行錯誤のなかで、クッキーの中に練り込むことができるチョコチップの最大限の量を発見した。クッキー生地の39%です。当時一番人気のあったNBのナビスコ・アホイに入っているチョコチップの量は19%でした」。
「この新しいクッキーはこれまでのものとは違う。チョコチップがいっぱい入っているわ」と知覚した消費者が多かったのだろう。一年以内に国内ベストセラー製品となり、「社長の選択」ブランドを一躍有名にした。グルメ社長の挑戦は朝食用のシリアルもおよび、消費者が品質の違いをすぐに知覚できるシリアルを開発した。シリアルの一番手であるケロッグのNBシリアルを皿にいれるとそこには平均してスポーン一杯分のレーズンが入っている。だが、「社長の選択」PBにはその倍、スプーン2杯分のレーズンが入っているのだ。
消費者に知覚してもらえる違いとは、こういったものだ。基本的な品質改善以外にも、消費者がすぐに気づくようなところで差別化をはかる工夫が必要なのです。
欧米での調査結果を見る限り、消費者が抱くNBのブランドイメージはまだ高いようです。だからこそ、NBは高い値づけをすることができるのです。メーカーは品質向上への努力をすると同じくらい、広告宣伝、パッケージ、その他によってブランドイメージを維持向上する試みを怠ってはいけないのです(極端なことをいえば、コスト削減に成功して生まれた余剰資金を広告宣伝に使うべきなのです)。まして、共同開発商品ならともかくも、小売PB商品を製造することには二の足どころか三も四も五の足も踏まなくてはいけないのです。そして、やむなくPB製造を始めたとしても、自分たちが製造していることなど、消費者には絶対に公表してはいけないはずなのです。
参考文献:1..Nirmalya Kumar & Jan-Benedict Steenkamp, Private Label Strategy: How to Meet the Store Brand Challenge,Harvard Business Press 2007,2. Matthew Boyle, Brand Killers Store brands aren’t for losers anymore, Fortune August 11,2003, 3. John A. Quelch and David Harding, Brands Versus Private Labels: Fighting to Win, Harvard Business Review, January 1996 ,4.下原口徹「価格攻防に消費者の反乱」日経新聞1/28/08、5.「イオンのPB缶チューハイ、キリン、受託生産から撤退」日経新聞9/15/07
*引用文献:Nirmalya Kumar & Jan-Benedict Steenkamp, Private Label Strategy: How to Meet the Store Brand Challenge,p.98
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