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小売とメーカーのバトル・ロワイアル・シリーズ

小売とメーカーのバトル・ロワイアル・シリーズ

第2回 ウォルマートという名のTV局

2009 年 2 月 2 日

メーカーが小売業と比べて相対的にその力を失っている理由にはいくつかある。そのひとつに、消費者との接点を持っていないことがあげられる。メーカーには消費者と直接接触して商品を売り込む機会は少ない。でも、その代わりにマス媒体があった。とくにTVという威力ある媒体があって、コマーシャルを大量に流せばある程度モノは売れた。

 だが、そのTVがかつての馬力を失っている。マッキンゼーの調査によれば、アメリカにおいては、TV広告の威力は2010年には1990年の35%に減少するそうだ。チャネル数が増えた結果、TiVoに代表されるDVRを利用する消費者が増え、「コマーシャルが飛ばされる」ようになったのだ。メーカーは、ネット、プロダクトプレイスメント、ゲリラマーケティングなどさまざまな新しいメディアや風変わりな手法を駆使しているが、こういった「話題にはなっても効果的には限定されている」手法では、TVの失われた威力を補うことができないでいる。よって、ブログとかSNSとかサーチエンジンとか騒がれてはいても、米メーカーは大部分の広告予算をいまだに旧来からのマスメディアに投資しているのだ(広告費用の10~20%を新しいメディアに使っているのはメーカーの二分の一、そして三分の一が10%以下しか使っていない)。

 メーカーが消費者に影響を与える手段を以前にまして失ってきているというのに、小売業は、消費者ともっとも濃密な関係を持てる接点(タッチポイント)である店舗を、より効果的に利用する方法を拡大している。

 最近、注目されているのは、店内TV放送。そして、この分野でも先駆者は、(いわずもがなの)ウォルマートだ。


Cc: bradlauster

 ウォルマートが店内テレビ放送を始めたのは1997年。そして、2007年現在で、アメリカ全土における3100店舗に12万5000台のスクリーンが設置され、毎週1億2700万人が見る(厳密にいえば、見る可能性がある)。コマーシャルだけでなく、ニュース、天気予報、スポーツ、コンサート、会社のPRなども流し、コマーシャル自体の放送時間は一時間に34分となっている。広告主はクラフト、ペプシコ、ユニリーバといった大手消費財メーカーを含めた140社で、コマーシャル一本を4週間流すのに、(コマーシャルの長さや放送する店舗数によって値段は上下するが)、13万7000ドルから29万2000ドル支払う。ウォルマートは広告収入の具体的数字を公表するのを避けているが、数百万ドル・レベルだといわれている。粗利益率の低い小売業にとっては純利益を押し上げてくれる貴重な財源だ。

 ほとんどの商品の購買決定の70%以上は店舗内できめられるという。そして、 2005年の調査によると、来店客の約42%が店内のTVスクリーンから流れるコマーシャルに目を留める。しかも、店内テレビ広告の平均想起率は56%で、(当然のことながら)通常のテレビ広告の21%よりずっと高い。特定商品の広告を店内TVで見た来店客の15%がその商品を買うという調査結果もある。まさに、シリーズ第1回で紹介したP&GのCEOの名言どおり・・・「メーカーは消費者と交渉しているというのに、小売店は購買者と交渉できる」のだ。小売店は消費者が購買するその場で、最適なタイミングで購買者に商品を売り込むことができるのだ。

 ウォルマートTVは最初こそ視聴者数の規模が話題になった。毎週1億3000 万人が見ているTV局は、CBS、ABCといった米四大ネットワークに次ぐ、第五のTVネットワーク局だ・・・といった具合に・・・。だが、ウォルマート TV局はネットワーク局とは違い、セグメンテーションやターゲティング機能もそなえるように進化した。衛星放送からインターネット・システムに変更することで、どの店舗のどの場所に置かれたスクリーンにどのコマーシャルを流すかが変更できる。たとえば、歯磨き関連の商品が並んでいる棚近くにあるTVスクリーンからは、ファイザーのリステリンの使い方を説明するインフォマーシャル広告が流される。ボディ関連商品の陳列棚付近を歩いていると、前方の天井から吊り下げられたTVスクリーンから、「ユニリーバのダブ製品を使っているおかげで肌がとってもきれいになったわ」と自慢げに語るウゥルマートの従業員が登場するコマーシャルが流れてくる。店舗のある地域の特徴や気候・経済状況にそった適切なコマーシャルを放送することもできる。

 ウォルマート以外の大規模チェーン小売店も店内TVネットワークを拡大する傾向にあり、2008年に小売業がメーカーから獲得する広告収入は3億3000万ドルに達すると予測されている。

 「これじゃあ、太刀打ちできないな。小売店PBと競争するために、店内でコマーシャルを流してもらう。そのために、小売店に広告料金を支払う。『ふんだりけったり状態』だな。頼りにしていたマスメディアの衰退とともに、メーカーもかつての栄光を失っていく運命にあるのか?」 

 「大丈夫だよ。メーカーもネットを使えばいい。サイトで消費者との相互交流をはかる。ブログやSNSのクチコミ宣伝だけではおぼつかないのなら、ネット販売すればいいじゃないか? 単価の安い商品はまとめ買いしてもらわないと配送費のほうが高くなってしまうという問題はあるけど・・・・」

 たしかに、日用品とか食品とかをメーカーが直接ネット販売するためには、克服しなくてはいけない多くの問題がある。だが、その話は後にするとして、ここで提議したいことは、「消費財のネット販売ですら、ウォルマートのような大規模チェーン小売店には勝てない」ということだ。アメリカでマルチチャネル化が進むなか、「ウェブサイトを駆使している店舗小売業者は、ネット販売業者との競争において優位に立てるだろう」と予測している証券アナリストもいるくらいだ(注目のキーワード5「サイトからストアへ」参照)。 

 インターネットで儲けるビジネスモデルは、結局、いまのところ、ネット上でモノを販売するか、あるいは人間をたくさん集めることによって広告を販売するかだ・・・ということがわかり、つかみどころのなかったモノがつかめるようになって、なんだかホッと安堵したひとたちも多いことだろう。こんなことを書くと、「ウェブ進化論」の著者梅田望夫氏に「ネットの世界に住まない」旧世代の典型的コメントだとタメ息つかれそう。

 だけど、しょーがないじゃん! それが事実なんだから。

 だいたいにおいて、インターネットに民主主義とかイデオロギーとか哲学を見るのは勝手だけど、だからといってネット・ベンチャーの担い手がそれだけ思想家というわけでもないし金儲けに興味がないわけでもない。(って、ネット評論家全般にみられる風潮を皮肉ってるだけで、「ウェブ進化論」を批判しているわけでは決してありません。この本は、「将来ともに捨てない本」として私の書棚に確固たる位置を占めています)。

 話をネット広告にもどします。

 広告料金を徴収するには、1)より多くの人に広告を見てもらうか、2) 数は少なくてもターゲットとして適切な人たちに広告を見てもらう。Web2.0も、結局のところ、その2つの手段を提供する仕組みづくりのために利用されている。要は、好ましい客をたくさん集めて広告収入を増やす・・・そのために様々なテクノロジーが駆使されているのだ(そう考えると、また、ホッとする)。

 この観点からネットビジネスの現状を見ると、ウォルマートのTVネットワークがけっこうすごいものだとわかってくる。広告を見る場に集まる人の数もすごい(アメリカだけで一週間1億3000万人)。だが、購買するその場所で Relevance(関連性)の高い広告を流すことができるという行為は、どのメディアにもマネができない。この限りなく臨場感の高い広告には、デジタルメディアにも到底マネのできない、説得力、ド迫力がある(もちろん、その場でダウンロードできるデジタル商品は別だ)。

 人が集まる、しかも、買い物をするために集まる物理的な場所をアメリカだけでも約3400ヶ所(2008年現在)所有しているということは、すごいことなのだ。アナログでもこれだけの規模の場所を確保できていれば、ネットには負けない、いや、それ以上の力を発揮することができる(海外の約3000店舗にTVスクリーンを設置する投資費用を考えると、店内TV網を拡大する費用はネット上ほど安くはないことは認めるけれど・・・)

 梅田氏によれば、インターネットの真の意味は、「不特定多数無限大の人々とのつながりを持つためのコストがゼロになったこと」だそうだ。不特定多数無限大の人々から1円もらえば一億円になる。これは、従来では、儲からないビジネスモデルだった。でも、数が増えれば儲かることになる・・・と「ウェブ進化論」には書かれている。ウォルマートはもともと薄利多売で数が増えれば儲かることを信念に、強迫観念にかられたように、国内そして海外で店舗数を増殖させてきた。この店舗がネットと結びついたとき、アマゾンのようなネット専門販売企業にはマネができない底力を発揮する。そして、また、ショッピングすることを目的とする人が集まる場所をヴァーチャルの世界ではなくリアルな世界で提供することにより、非常に魅力的な広告の場を提供し広告料金を徴収することもできるようになるのだ。

 (日本の場合は、コンビニや郵便局で同じようなことができるし、すでに、コンビニではレジ広告、ATM設置、ネット購買商品の受け渡しなど物理的拠点としての機能を生かしたビジネスが始まっている。ただし、日本の場合は、TVの威力はアメリカほどには衰えていない。いぜん強力な媒体だ。したがって、コンビニや郵便局は広告メディアとしては利用価値はまだ余り高くないかもしれない。こういったことについては、また、次の機会に・・・)。

参考文献:1.梅田望夫「ウェブ進化論」ちくま新書、2.「販促は店内TV]日経MJ、3/24/07、2.Eric Newman, What’s In-Store? Lots of TV Ads, Brandweek Com. 11/19/07,3.Laura Petrecca, Wal-Mart takes in -store TV to the next level, USA Today 8/28/07, 4. Constance L. Hays, Wal-Mart Is Upgrading Its Vast In-Store Television Network, The New York Times 2/21/05,5. Blair Crawford, et al., How Consumer Goods Companies Are Coping With Complexity, The McKinsey Quarterly May 2007

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