『えっマジ?
ちなみにキャラクターなに?』
―紙おむつ使用者の会話
消費者がまわりの人間の言動をまねたり、まわりで流行っているモノを買ったりする行動は、不可解でもなんでもない。シリーズ第6回でも書いたように、人間は周囲の人間に同調することで進化し文明を築いてきた「協力種」なのだ。自分を含めて3人のグループのなかで、自分以外の2人がイエスといったら自分の意見とか考えとかにかかわりなく(というか自分の意見そのものが無意識のうちに)イエスになってしまう動物なのだ。
「自分で選べないランキング症候群」という見出しで、@コスメのサイトで上位にランキングされている化粧品を購買する消費者行動についての記事があった。そんなこと、いまに始まったことではない。化粧品どころか夕食に何を食べるか、自分一人では決められない人間は昔からたくさんいた。だから、不可解なのは、クチコミ・マーケティングのことを過大にとりあげるビジネス雑誌や新聞のほうだ。きっと、他に書くことがないのだろう。 新しモノ好きだし・・・。
クチコミだって昔からあったわけだが、そのクチコミに威力があるのは次の3つの理由にある。
1. 信頼性・・・実際に購買し消費経験したヒトからの情報。企業と利害関係のない人間からの情報。しかも、情報は細部におよび購買後の企業の対応、つまりアフターサービスまで含まれている。
2. パーソナル化されたコミュニケーションだから説得力がある・・・たとえば、音の静かな洗濯機だとして、生まれたばかりの赤ちゃんがいる友人には「眠っている赤ちゃんを起こさないわよ」。共稼ぎの友人には「深夜にお洗濯してもOKよ」と相手の事情や性格にあわせて関連性の高い利便を強調するから、説得力がある。
3. 信頼性が高い情報だから、意思決定が早くできる。よって、すばやく広がる。
この3点を考えるだけで、プロやセミプロのブロガーを利用してのネットコミは情報到達数は多くても、実際の効果は低いであろうことが予測できる。実際の効果とは、情報を受け取り、その情報に影響されて、商品を購買するという行動を起こすことだ。でも、実際の効果は低くたっていいのだ。だって、結局のところ、威力の少なくなってきているマス媒体の代わり・・・というか補足として使っているのだから、マス媒体と同じように到達数が多ければ、それはそれなりにOKなのだ。
ブロガー10万人を会員としてかかえるサービス会社が、クライエントの情報を会員に流し、各会員のブログを読む読者が10人として100万人、その読者のメル友が一人あたり10人として、合計1000万人にいきわたります!
それでいいのだ。経費と比較した到達数を考えれば、「お安い買い物」なのだ。
アメリカでは、2010年にはTV広告の威力は1990年の35%になるだろうと、マッキンゼーは予測している。理由は、TiVoに代表されるコマーシャル飛ばしのDVRの普及率が39%に到達すると予測されているからだ。だから、米企業はブログ、SNS、ビデオゲームや映画の中で商品を登場させるプロダクト・プレイスメント、ゲリラマーケティングとか・・・、ありとあらゆる可能性を試している。よって、クチコミも質じゃなくて量。到達数だけでもOKなのだ(だって、マス媒体の効果測定って、もともと部数とか視聴者数とか到達数が基準なのだもの)。
だが、こういった新しいメディアではTVという「量的にド威力」のあったメディアの失われた力を補うことができていない。よって、ネットによるクチコミ・マーケティングがこれだけ騒がれているにもかかわらず、米メーカーが新しいメディアに使っている広告費用の割合は、三分の一の企業で10%以下、二分の一の企業で10~20%以下。
あいかわらず、やっぱり、マス媒体頼みなのだ。
女性かそれとも黒人かで大熱戦の大統領選だって、たしかにブログや検索サイトへのネット広告費の総額は2004年の選挙の数倍で1000万~3000万ドルに上ると予測されている。でも、TV広告費はもっとスゴイ。2004年の1.5倍で8億ドルに膨らむと予測されている(朝日新聞10/31/07)
8億ドル! 917億円だぜ!
TVは「腐ってもタイ」。やっぱりメディアの王様なんだ。
そして、日本のTVはまだ腐ってもいない。NHKの調べでは2005年のテレビ視聴時間は平日3時間27分で1980年に比べて10分増えているくらいだ。チャネル数だって少ないから、アメリカのようにコマーシャル飛ばしのDVRの普及をまだ心配しなくてもいいし・・・。って、私がTV好き人間だからTVの味方をしているわけじゃないけど。
アメリカでは、ネットを使ってのクチコミマーケティングに関して、2007年にちょっとした論争が起こっている。
ネット上のクチコミを利用して何かを流行らせようとするなら、最初に、まず、「影響者」を見つけることだ・・・と、日本でもベストセラーになった本「ティッピング・ポイント(飛鳥新社)」の作者マルコム・グラッドウェルは書いている。多くの人間に影響力をもつ「影響者 (Influentials)」の力を借りれば、低い投資で「クチコミ」は拡散できる。だから、カリスマブロガーに商品を無料で配布したり、イベントに招待したりして、記事を書いてもらう。(アメリカでは、こういったネット上での影響者をターゲットとしたクチコミキャンペーンに年間10億ドル使われているという)。
ところが、こういったクチコミ伝播の方法に、「流行を起こすには無意味だね」と反論した有名人がいる。これまた、日本でもベストセラーになった「スモールワールド・ネットワーク(阪急コミュニケーションズ)」を書いたネットワーク理論の第一人者であるダンカン・ワッツだ。
ダンカン・ワッツはコロンビア大学からサバティカル(研究休暇)をとって、いま、Yahooの研究所に在職しているのだが、過去数年、「影響者」理論が間違っていることを証明するための実験をしている。たとえば、エージェントベースシステムで、1万人のエージェントから成るヴァーチャル社会のシミュレーション・モデルをつくる。一万人の社会構成員エージェントの10%を他のエージェントと最多のコネクションがある影響者と設定する。彼らは平均的エージェントに比べて4倍も多くのエージェントに影響を与えることができる。そして、無差別に1人のエージェントをトレンドセッター(流行や新商品を最初にその社会に紹介した人)として選択し、そのトレンドが広がる様子を観察する。連続して数千回実験してみた。そのうち、数百回、「流行」が発生したが、そのほとんどが、平均的エージェントから始まったものだった。影響者のコネクションを4倍でなく10倍にして、つまり、平均よりも40倍も多くの人間に影響を与えることができるモデルで実験した場合においても、流行が発生する率は、最初の1人が影響者かあるいは一般人かということでの違いは見られなかった。
ワッツは、流行が広がるかどうかは、その商品とかアイデアを社会に紹介した最初の人間がどれだけ説得力ある人間かどうかではなく、他の社会構成員がどれだけたやすく説得されやすい人間かどうかにかかっているからだと説明する。実際、一般エージェントの「まわりから影響を受けやすい確率」を低くしたモデルでは、流行が発生する率は急騰した。つまり、新商品やアイデアが成功するかどうかは、一般大衆のそのときのムードにかかっているのだ。(たとえば、英国のダイアナ妃葬儀のときの英国民の熱狂は、当時の社会に閉塞感が漂っていて鬱憤していたストレスがいちどきに発散されたためだと説明される)。
ネットワーク理論やその親戚の複雑系科学においては、流行とかバブルとかいったものは偶然の産物だ・・・と結論づけられる。ワッツが好んで使う例えは「森林火災」。アメリカでは、年間数千件の森林火災が発生する。だが、大火災に至るのはそのうちのわずか数件だ。よく茂った熟成林で、少雨で森が乾燥していて、そのうえ近くにある消防署は装備不十分・・・こういった条件が全部そろっていないと大火災にはいたらない。最初の原因がタバコの火か、焚き火か、あるいは自然発火か?・・・ということは、「そんなの関係ねえ」のだ。
ワッツの考えには反論もある。たとえば、過去30年に及ぶ追跡調査でアメリカ人の10%は「影響者」であると結論づけたリサーチ会社がある。その10%のアメリカ人は、平均的アメリカ人より5倍も頻度多く他人にアドバイスを提供している。そして、コンピューター、ケータイ、インターネットを誰よりも早く使い始めている・・・・と大反論している。
ワッツは、「影響者」に働きかけることが新商品の販促に効果がないと言ってるわけではない。それが社会的流行を生み出すことにつながる確率は非常に低いと主張しているだけだ。ワッツの意見を受け入れにくいのは、それが、マーケティング関係者の本能に反するからだというひとたちもいる。
1. 「影響者」がいるという考え方は常識的に理解しやすい。マーケティングの教科書にはイノベーションの普及過程を示した「採用曲線」が必ず紹介される。一番最初に採用するイノベーター、次いで初期採用者、それに続く追随者。それぞれ社会のX%を占める・・・っていう理論、覚えてますか? 影響者の考え方は、60年代に発表されて以来マーケティングの常識となっているイノベーション普及理論にぴったり当てはまる。だから、すんなり受け入れやすいだけだ。
2. マーケティング関係者は、流行の発生に関して、自分たちは無力であるという考え方を受け入れることは到底できない。自分たちが何かすれば流行は起こせる!と思いたいのだ。
ワッツだって、流行を発生させる・・とまでいかなくても、もっと、効果的なクチコミの拡散方法を考えてはいる。
ワッツが最近主張しているのは、スモールシードではなくてビッグシードの考え方だ。流行がひろまるのは、数人の影響者の存在ではなく、簡単に影響を受けやすい人たちが一定以上いる(critical mass)ことが条件なのだから、種(シード)を少しまくのではなくたくさんまけばよい。最初にマス広告を使って、なるべく多くの人に情報を伝達し(誰が火をつけるかわからないのだから)、その後にクチコミを使う。
日本でも、ビッグシード・マーケティング手法を使った良い例がある(日経ビジネス5/14/07)。電通が東海地方にある冠婚葬祭の平安閣のために企画したキャンペーンで、まず最初に東海地方でTVCMを放送。2週間で合計1038本流した。これは、同じ時期に自動車メーカーや携帯電話会社が首都圏で放映したCMの2倍の量だという。そのCMでネットに誘導(誘導率40%)。サイトには40枚の女性の写真。クリックすると「40人40色の恋愛模様」を表現するCM。見終わったあとに、視聴者と双方向のやりとりができる仕掛けがあって、結局のところは、サイトやCMをメールで友達に紹介したり、CMそのものをブログに貼ってもらう行為を促す。むろん、そういったことが簡単にできる紹介機能も仕込まれている。ここで、クチコミ発生。(残念ながら、どれだけの友人・知人にメールが送られたとかブログが書かれたとかの数値は出ていない)。
ワッツも、P&Gなどと協力してビッグシード・マーケティングの実験をしている。そのときは、ForwardTrackを使って、どれだけの人たちにメールが送られたかがわかるようにしている。そして、マス媒体でサイトに集めたビッグシードが、次にどれだけの人たちにメールを送っているかで複製率を計算。一番結果のよかったのは0.769。これが1以上になれば、各自が一人以上の人間に伝達しているわけで、伝達されたひとからの複製率がまた1以上なら、ティッピング・ポイント(臨界点で一気に劇的な変化が起こる瞬間点)に到達し流行が発生する。ビッグシードの場合は、1以上である必要はない。複製率が0.5でも、最初のシードが1万人なら、数段階で最初の倍の2万人に到達できる計算になる。
ビッグシードマーケティングの考えかたでいくと、皮肉にも、結局はマスマーケティングが重要だってことになる? ネット関係者全員が「時代遅れ!」と叫びそう。
でも、私にいわせれば、ブログとかメールとか個人媒体を使っていても、到達数を問題にしている限り、考え方はやっぱりマスマーケティング的。
2005年に創立された米クチコミ協会は、SNSとかブログを新商品紹介だけでなく、顧客の継続に利用することが重要だといっている。つまり、メーカがサイト内に、ダイエットや子育ての悩みをチャットやメールで話し合ったりブログを投稿できる場をもうけて、顧客のロイヤルティの向上、商品の継続購買を促進する。そこにWeb2.0の価値を見出せよってことだ。
ネット関連の新メディアはなんといっても、似たもの同士が集まるというか集めやすい特徴があるんだから。
08米大統領選の話にもどると・・・、ミズーリー大学のコミュニケーションを専門とする教授は「TV広告は無党派への影響力が大きいが、ブログ広告は支持層の地固めに効果がある」と指摘している。このコメントが、マスとネットコミの違いを端的に表している。
参考文献:1.Clive Thompson, Is the Tipping Point Toast?, Fast Company Issue 122, 2/08, 2.Duncan J. watts, The accicental Influentials, Harvard Business Review Feb 2007, 3. Duncan J. Watts, et al, Viral Marketing for the Real World, Harvard Business Review May 2007, 3.David Court, et.al, The Proliferation Challenge, McKinsey Quarterly June 2006, 4. 電通が挑むメディア総力戦、日経ビジネス2007年6月14日
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