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ブランドと感情と記憶シリーズ

ブランドと感情と記憶シリーズ

第9回 あの世の完璧な世界

2008 年 11 月 25 日

完璧なブランドの実例を挙げるとしたら、2000年もの間、世界中で多くの信者(ファン)を維持してきた世界宗教しかない。

 ・・・ということで、「五感刺激のブランド戦略(ダイヤモンド社)」に基づいて、世界宗教がもつ10の構成要素のうち、5つまでを紹介した。

 その続きを書きます。

6.完璧であること

  世界宗教は完璧ではない。歴史をふりかえれば、聖職者や宗教団体の堕落や権力闘争はどの宗教にもみられる。だが、宗教は完璧な世界を約束してくれる。

 死んでからのことだけど・・・。

 通常、宗教は、神の(あるいは仏の)教えに従った人生をおくれば死後には完璧な世界である天国に住めることを約束する。そして、信者はその約束を信じて生きる。

 「五感刺激のブランド戦略」の著者マーチン・リンストロームは、ブランドは「消費者が完璧な世界であると考えるものを実現してくれる製品でなくてはいけない」と書いている。つまり、この製品を買えば(使えば)自分が夢見る世界が実現できると信じさせてくれるものでなくてはいけないのだ。

 ルイヴィトンやエルメスのバッグを持てば、自分が憧れるセレブの世界に近づける・・・そう信じれば、数十万円の値段は高くない(って、どう考えても、やっぱり高いでしょう)。昔の男たちは、かっこいい自動車を運転すれば女にもてると信じていた(最近はそんなことはありえないと悟ったようで、自動車はセックスとは無関係な製品になってきたようだ。これは、消費者と製品との感情的結びつきが減少していることであり、ブランドとしては危険な現象です)。

 現世において完璧な世界を提供できると考えてつくられたブランドもある。たとえば、ディズニーランド。ミッキーマウスがユビキタスに存在しているパーク内に入りさえすれば、そこは夢がかなう魔法の国。いま話題の三次元仮想世界のセカンドライフも完璧な世界を現世で提供する。その世界に入れば、自分のなりたい人間になれ、好きなビジネスやプロジェクトをはじめ、音楽や映画やロケットをつくり、仮想セックスを楽しみ、空を飛ぶこともできる。

 セカンドライフを創造したリンデンラボの創業者のフィリップ・ローゼンデールは興味深いことを言っている。「セカンドライフでは、最初の日から、あなたが欲しいもの何でも手に入れることができる。肝心なことは(セカンドライフの世界で)明日から何をするか・・・だ」。完璧な世界を一度経験してしまうと、その完璧性にかげりがさす。経験前に認識していた価値を維持することはむつかしい。セカンドライフの定期的利用者が登録者の数%に過ぎないのは、完璧な世界を手に入れた後、何をしてよいのか途方にくれるからだろう。

 世界宗教がこれほど長い間存続できた秘密のひとつは、完璧な世界を現世で提供しないからかもしれない。天国は、現世では手にとどかない世界だ。手に入らないからこそ、信者はずっと信者であり続ける。ブランドも、手に入らないからこそ、夢のブランドであり続ける。

 だからこそ、シリーズ第4回で書いたように、過去の記憶を思い出させてくれる商品は長寿ブランドになれるのだろう。だって、過去にあった出来事は絶対に二度と手に入れることはできないから・・・。そして、桑田佳祐が「明日晴れるかな」で歌ったように、「・・・在りし日の己れを愛するために、想い出は美しくあるさ・・・」。つまり、二度と手にすることができない過去はいつも完璧に美しい世界として思い出されるのだ。

7.感覚訴求

 宗教体験は五感を刺激する。

 天にそびえるゴシック教会のような宗教的建造物(視覚)、寺の線香の匂い(嗅覚)、読経や鐘、太鼓の音(聴覚)、そして数珠をまさぐる皮膚感覚。味覚はどうだろうか? キリストの血と肉とみなしてワインとパンを口にするカトリック教会はともかくも、仏教体験は味覚を刺激するだろうか? 仏教行事それぞれに、餅、酒、甘茶とか関係する飲食物はあるけれども・・・。

 密教の流れをくむ天台宗や真言宗で、護摩焚きをして燃える炎とリズミックに鳴らされる太鼓や鐘、お坊さんたちのお経の唱和をきくと、心がざわつき、原始的魂が鼓舞される思いがするものだ。密教のお経の唱和には独特の波動があると感じる人も多い。

 五感刺激はユニークな感情経験に導いてくれる。

8.儀式

 宗教に儀式はつきものだ。日本における仏教は、その教えを信じるひとは少なくても、葬式という儀式に使われることで社会に残っている状況にある。

 バレンタインにチョコレート、エンゲージリングにはダイヤモンド、祝い事にシャンペン、フランス料理でも「とりあえずビール」・・・・って、これは儀式じゃないかも。 いずれにしても、儀式につきものと思われるようになればシメタものだ。が、ここに挙げた例は、特定のブランドの売上には結びつかない。

 2002年ごろ九州の学生たちからクチコミで広まったとされる、受験戦争にキット勝つ「キットカット」。偶然とはいえ、毎年繰り返される儀式に関連づけられるようになったことは、ネスレにとっては超ラッキー。ということで、柳の下にどじょうで、他にもゴロ合わせがつくられるようになった。「受かーる」で明治の「カール」。笑えるのが、ロッテの「コアラのマーチ」で、「寝ていても落ちない」。

 東京タワーがライトダウンする瞬間を恋人といっしょに見ると幸せになれるという最近の都市伝説が流行らせた儀式は、東京タワーというブランドを有名にした。でも、売上にはつながらない。だって、タワーを一望できるところからいっしょに眺めるってことは、入場券を買わないってことだよね?

9.シンボル

 ルイヴィトンやシャネルとかになると、ファンはそのロゴのついたバッグを持ち洋服を着る。自ら宣伝媒体になってあげているというのに、お金をもらうどころか大金を払う。お人よしのバカ、アホ、アンポンタン・・・としか言いようがない。でも、まあ、ブランド・シンボルもそこまでくれば立派なもんです。

10.神秘性

 仏教のなかでも密教である真言宗とか天台宗になんとなく魅了されるのは、また、アメリカのセレブがチベット宗教に魅了されるのは、やっぱり、この神秘性でしょう。神秘的であればあるほど、消費者の好奇心は刺激される。

 在任期間が戦後歴代3位で平均支持率第1位に輝いている小泉元首相を首相ブランドとしてチェックしてみる。10の要素のうち、1)明確なビジョン、2)敵からパワーをもらう、3)真正さ(金銭に関する悪いウワサが出なかった)、4)一貫性・・・とそろっている。

 5)感覚訴求や6)シンボルもOKだろう。

 アメリカのエスクァイア誌はファッショナブルでインテリな若いエグゼクティブが読む雑誌だが、小泉元首相はこの雑誌の2005年の世界のベストドレッサー12位に選ばれている。これは、アジア系の男性としては最高位だ。選んだ理由として「彼が何を言っているかはさっぱり理解できないし(日本語だからわからないという意味)、あのヘアスタイルはいまいちだけど、だが、国家元首としてはジョン・F・ケネディー大統領以来のベストドレッサーだ」ってさ。日本の首相として国際社会で視覚的にアピールできたのは小泉クンが初めてだよ。それに、ライオンヘアーが立派なシンボルにもなっている。

 そのうえ、バツイチ独身でファーストレディーがいなかったぶん、私生活もなんとなくベールに包まれていた。ワンフレーズと批判されたけど、べらべら喋らなかったぶん、7)神秘性があった。

 というわけで、首相ブランドとして、小泉純一郎氏は10要素のうち7要素を持っていたことになる。これはやっぱり、歴代第1位だろう。

参考文献: 1. Annalee Newitz, Your Second Life is Ready, Popular Science, 2005

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