アマゾンはニンジンだけじゃなくてパンもタマゴも神戸ビーフも売っている。深夜0時までにネットで注文すれば、翌朝午前6時前に届けてもらうこともできる。この「夜明け前配達サービス」は、配達人が早朝にドアをドンドンたたいて目覚まし時計代わりにもなってくれる一石二鳥のサービスだ・・・・というのはウソ。この場合、商品は玄関扉前に置かれる。手渡しではないので、配送料は購買金額25ドル以上なら無料。
http://fresh.amazon.comは、配達指定時間枠が一時間で、配達人は手渡しのときもチップは取らない・・・とサービスへの評判も良い。ただし、いまは実験段階で、アマゾン本社のあるシアトルの特定地域だけを対象としている。
米国では、90年代末にネットスーパーという新しい小売業態が脚光を浴び、投資家たちが群がった。だが、株が公開されるやいなやネット小売業としてはアマゾンに次ぐ多額な資金を集めたウェブバン(Webvan)が、創業からわずか2年後の2001年に倒産。ネットスーパーは採算をとるのがむつかしいビジネスだという印象が強く残った。
なのに・・・、それから5年たつかたたないうちに、ネットスーパーがまた注目を集めるようになる。商品の差別化、価格の差別化の段階をへて、小売業が他店との差別化を進め競争に勝つにはサービスしか残されていない。そして、いま、忙しい消費者が求めているのは、自宅まで生鮮食料品や日用品を届けてくれる宅配サービスなのだ・・・日本を含む先進国の小売業者はそう考えている。
ネットスーパーは、その採算性に疑問を残しながらも、米国における90年代末の失敗から学んだ教訓を生かし、人口の密集する都市中心に、段階を追って商圏を広げる慎重なやり方で、実績を上げている(日本のイトーヨーカドーも2001年に一部店舗で実験を始め、首都圏全域に広げることを決定したのは2007年になってから。6年もの間、採算を上げるための試行錯誤を続けたことになる)。
2003年、米国における飲食料品のオンライン販売の売上は前年比40%増で37億ドル。英国では、今後5年間で売上は倍増し、50億ポンドに到達すると2007年に予測された。この数字は、スーパーマーケット業界全体の総売上からみれば小さいものだが、1)業界全体の売上が落ちているなか、2)ネットスーパーの成長率は非常に高い、3)しかも、オンライン購買客は価格への感受性が低く値段も粗利益率も高い商品を買う傾向が高い。こういった理由から、ネットスーパーへの参入があいついでいる。だから、「アマゾンのような起業家精神に満ち溢れた企業はとにかく可能性を試してみようとしているのです」・・・と小売業アナリストは語っている。
意外に思うかもしれないが、世界中でネットスーパーが一番発達しているのは英国だ。英国の大規模小売店テスコはネットスーパー世界一で、顧客数85万人、毎週25万件の注文があり、2005年度の売上高は10億ポンド。2006年にも前年比40%伸び、ネットスーパーによる売上はテスコの総売上の5%に到達した。英国でネットスーパーが盛んなのは、1)アメリカに比べて都市部に人口が密集していて、2)クルマでショッピングに行く習慣がアメリカに比べると少ない・・・ことなどがあげられる。その点、日本の大都市部は英国と似たような環境にある。そして、イトーヨーカドーが採用しているネット・スーパーのビジネスモデルはテスコと非常によく似ている。
ネットスーパーには3タイプある。
- 店舗型: テスコやイトーヨーカドーのように店舗を基盤としたもので、1)サービス対象範囲は店舗からの配送可能距離で決められる(イトーヨーカドーの場合は半径5~7km以内)、2)店員が注文商品を店内で選択して、店の奥で梱包し、3)配送は外部の配送業者に委託、あるいは社内の担当部門が配達する。
- ウェアハウス型: 物流センターとなるウェアハウスがあり、ここで、商品の選択・梱包・配送を一括して処理するものだ。2001年に倒産したウェブバンの失敗は、1)最初にハイテックな大規模ウェブハウスを建設するのに投資をしすぎ、2)投資を回収するために市場を短期間のうちに拡大しようとした。だが、3)宣伝したようなサービスを急速に拡大された市場に提供するには配送費、その他の経費がかかりすぎた・・・。つまり、限られた商圏で採算をあげる方法を見極めるのを待たずに、全国市場への拡大を急ぎすぎたのが失敗の要因だったといわれる。
- 中間型: 店舗と中小規模のウェアハウスと両方を併用する。
英国テスコの投資額は比較的小さくて5900万ドル。新しいハイテックなウェアハウスを建設することなく、下記のように、既存の資産を利用してサービスを提供している。2002年には、年間400万件の注文で5%の純営業利益率をあげたといわれる
店舗で商品をピックアップするときに、各店員は6つの商品カテゴリー・ゾーンの一つを割り当てられ、同時に最高6件の注文をこなす。店員が使うショッピングカードに装備されている端末が、同時に複数の注文を処理することができるように、店舗内を歩くもっとも効率のよいルートを指示し、ピックアップした商品をスキャンして間違いないかどうかチェックもしてくれる。この結果、商品をピックアップして入力処理するまで、通常の三分の一の時間で済む。そして、店舗裏で配達用に梱包されるまで平均64品目の注文が32分間で準備できる。つまり、1品目当たり30秒。よって、一注文当たり、人件費や減価償却費を含めて8.5ドルの経費がかかる計算となる。
イトーヨーカドーのサービスは、2008年3月現在で、首都圏や近畿圏など計80店舗で利用でき、会員数は約18万人といわれる。推定購買金額は一件当たり5500円(5000円以上は配送料金無料となるので、このくらいの金額になるのだろう)。利用件数が一日一店舗あたり60件あれば採算にのるという。ネットによる受注から注文商品の店頭での集荷、梱包、配達の作業のうち、配達だけを外部に委託。あとは、全従業員がローテーションを組んで通常業務の一環として対応する。つまり、余分な費用は配送費だけだから、60件で採算がとれるという計算らしい。
英国テスコもイトーヨーカドーも、客は2時間単位で配達時間帯を指定できる。先進国の大半のネットスーパーが2時間を時間枠としている。だが、アマゾンは一時間だし、英国のウェアハウス型ネットスーパーのオカド(Ocado)も一時間だ。両企業とも、待ち時間を一時間に短縮することで競争優位に立とうとしている。
- 配達時間帯を一時間にするか二時間にするかは経費に直に影響が出る。たとえば、同じXX町XX番地に4世帯の顧客が住んでいるとして、配達指定日や時間帯が同じでなければ、結局、効率的な配達はできない。2001年に倒産したウェブバンは配達指定時間は30分。素晴らしいサービスで顧客もよろこんだであろうが、このレベルのサービスを提供するためには、非常に高い経費を計上しなくてはいけない。
- 配達指定時間の長短の違いは、サービスの質の差でもある。想像してほしい。配達指定時間が2時間の場合、その間、自宅にいて配達を待たなくてはいけない。東京で働く女性が夜8時あるいは7時に帰宅したとして、お風呂に入ってさっぱりすることもできなく、最悪2時間待たなくてはいけないのだ。待ち時間が半減するのは素晴らしいサービスだと知覚される。そして、その結果として、利用する顧客層に違いが出てくる。
英国でウェアハウス型のネットスーパーを運営しているオカド(Ocado)は一時間指定サービスを提供している。オカドの調査によると、ネットスーパーの最良顧客である「共稼ぎ夫婦で15歳以下の一人以上の子供をもっている」セグメントの25%は競合他社のネットスーパーを試してはみたが、そのうちのわずか7%しか継続利用していない。なぜなら、競合他社は2時間の配達指定時間枠しか提供しておらず、これは、忙しいセグメントにはかえって不便だからだ・・・という。
日本では、ネットスーパーを始めた企業が、「予測に反して、ネットスーパー利用者の半数以上が専業主婦」というコメントしているようだが、それは、フルタイムで働く女性が利用するほどには便利なサービスになっていないからだ。日本で、カタログ販売が本格的に始まった80年代にも、通販企業が似たような経験をして同じようなコメントしていた。いわく、「通販を利用するのはショッピングする時間のない共稼ぎ夫婦とか働く女性かと思っていたら、専業主婦が圧倒的に多い」・・・。当時のカタログ販売も、注文できるのは電話で9時から5時までの間、週末は休みで注文は受付けない。もちろん、ネットでの24時間注文受付など存在していなかった。そのうえ、即日配送などというサービスもなく、注文商品が送られてくるのは早くて2週間後。本当に時間のない忙しい女性には利用できない「不便な購買手法」だったのだ。
ほとんど年中無休で電話注文することができ、ネットでの24時間注文も可能になり、商品も短期間で配送されるようになった。こうなって初めて、働く女性が「便利な通販」を利用するようになり、高額商品も売れるようになった。
日経情報ストラテジーの記事(2/04/07)によると、宅配サービスの利用者の7割が、赤ちゃんがいて外出できない30代~40代の母親だということが判明。その結果、「イトーヨーカドーはネットスーパーを普段店舗に来ない顧客を新たに開拓するためのツールというよりも、既存店舗の常連客への新しいサービスとして位置づけなおした」そうだ。だが、このセグメントをメインターゲットとして、粗利益率の低いかさばる商品(トイレットペーパー、洗剤)や特売品を販売していては、既存客に付加サービスを提供するための経費が増えるだけで終わってしまう。既存客の来店頻度が減るだけで、付加売上は余り望めない。
付加売上をあげ利益を上げるためにネットサービスをするのなら、都市部の共稼ぎ夫婦をターゲットとすべきで、この可処分所得の高い世帯に有機食品とかグルメ惣菜とか値段も粗利益率も高い商品を販売していかなくてはいけない。そのためには、配達指定時間枠が二時間では長すぎる。しかも、日本の場合、在宅していて手渡しで受け取らなくてはいけない条件になっている。せめて夜の配達指定時間枠を一時間にするとか・・・・と、ここま考えてふと気がついた。イトーヨーカドーの店舗って、首都圏とはいっても、比較的所得の高い共稼ぎ夫婦が住んでいる地区には見あたらないんだよね。
なーんか、ちょっと、中途ハンパだよね。経費のかかる宅配サービスなんか始めて、顧客数がいまよりずっと増大したときでも、本当に採算とれるかなあ?
利益が出ているといわれ顧客数も大幅に増えているテスコですら、2007年後半に配達料金を上げた。これは、店舗型ビジネス・モデルがうまくいっていない証拠だともいわれている。真偽のほどはわからないが、どちらにしても、どれだけICTの助けを借りるとしても基本的に人件費を中核とする宅配サービスは薄利なビジネスモデルなのだ。
テスコは、店舗のない地域にネットスーパー用の小さな店舗件物流拠点の開設を進めているらしい。イトーヨーカドーも、都市中心部にあるセブン・イレブンの店舗をそういった形で利用でもしないと、本来のネットスーパーの優良顧客層に浸透することはできないのではないか?
ネットスーパーの将来性に関しては、もうひとつの問題点がある。宅配サービスは環境には余り優しくないサービスなのだ。
- すでに、英国や米国では、ネットスーパーの配送用梱包における資源の無駄が問題になっている。ボックスはリサイクルにできても、紙やプラスティックバッグを使いすぎだと非難されているのだ。だが、宅配サービスを頻繁に利用している私にいわせれば、果物や野菜といったデリケートなものを梱包するには、一つのバッグや箱に多くの商品を詰めることはできない。一つの箱やバッグに果物が数個しか梱包されていなかったとしても、そうしなければ、押されて傷んでしまうからだ。
- 配送のためにこまネズミのようにあちこちを行ったり来たりする小型配送トラックが資源の無駄使いをしている、あるいは、環境に悪影響を与えている・・・ことについての批判も出ている。
ネットスーパーは必ず伸びる。日本でももっと成長する。だが、そのまた将来を見据えたとき、ネットスーパーは問題点の多いビジネスモデルなのだ。高齢者や子育てママに役立つという面はあるが、それならそれで、公共機関が私企業であるスーパーの協力をえて、宅配サービスを公共機関のサービスの一環として市民に提供すべきことだろう。そうすれば、いろんな企業の配送業者のトラックが行き来する弊害は減らせる。小売業者は、採算性や環境問題を考えながら、いつでも融通性をもって現在のビジネスモデルを変更できるような形でネットスーパー事業を積極的に進めていく・・・・しかないと思うのですが・・・。
「小売とメーカーとのバトル・ロワイアル」という本題に戻ります。
自宅まで商品を届けることによって、小売業はますます消費者との距離を縮めています。消費者に大接近する小売業にメーカーはいかに対処していくべきか? 次回は、「メーカーの逆襲」がテーマです。メーカーの逆襲といってもスターウォーズの「帝国の逆襲」みたいにスカッとした戦闘シーンはまったくありません。
参考文献:1.Jessica Mintz, Review:Amazon delivers on grocery service, USAToday, 8/30/07,2. Walaika Haskins, Amazon Offers Taste of Fresh Grocery Delivery, E-Commerce Times, 8/30/07、3.Saraha Butler, Online sales of groceries are predicted to double over next five years, TimesOnline 10/17/07,4. Online grocery sales rise 40% in 2003, Internet Retailer, 3/5/ 04,5,Tesco dominates Internet shopping,ZDNet. co.uk, 8/24/06、6,Ocado:An Alternative Way to Bridge the Last Mile in Grocery Home Delivery, Michigan State University、7.大手スーパーのネットビジネス(下)、日本食糧新聞11/28/07.8.「イトーヨーカ堂、首都圏全域でネットスーパー」、日経情報ストラテジー、2/24/07、9.「ネットスーパー、子育てママ支援」、日経新聞12/26/06
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